気候変動はもはや「環境問題」だけではありません。台風の激甚化、海面上昇、脱炭素への政策シフト——これらはすべて、企業や金融機関の収益・資産価値に直結する「財務リスク」として認識されるようになっています。金融庁が2025年6月に公表したレポートは、その現実を改めて浮き彫りにしました。気候変動と金融リスクはどのようにつながっているのか、そして私たちの暮らしにどんな影響があるのかをわかりやすく解説します。
金融庁が2025年6月に公表したレポートの概要
金融庁は2024年8月に「気候関連リスクモニタリング室」を設置し、金融機関における気候変動対応の実態把握を進めています。
その成果として、2025年6月、金融庁は「気候関連リスクに関する金融機関の取組の動向や課題」を公表しました。今回実態把握を行った金融機関では、気候変動への対応を重要な課題と位置づけており、それぞれの規模や特性に応じた気候関連リスク対応の進展が見られた一方、気候関連リスクは中長期に亘って顕在化することから従来のリスク管理の枠組みで捉えるのが困難であるという課題も聞かれたとのことです。
このレポートが示すのは、気候変動を「環境担当部署だけが考えるテーマ」から「経営全体で管理すべき財務リスク」へと捉え直す必要性です。
気候変動の「2種類のリスク」とは何か
気候変動が金融リスクになる経路は、大きく2つに分けられます。
物理的リスク
物理的リスクとは、気候変動に伴う自然災害の激甚化や気温・降水変化等が事業へ影響をもたらすリスクをいいます。
たとえば、記録的な豪雨で工場が浸水すれば操業停止が生じ、企業収益が落ち込みます。その企業に融資している銀行にとっては、不良債権リスクが高まることを意味します。
今後、災害の激甚化や海面上昇などに伴って企業の座礁資産(資産毀損)が増加すれば、金融機関の不良債権が増加することは明白です。
移行リスク(トランジションリスク)
もうひとつが移行リスクです。
脱炭素政策の変化や急性的な気候リスクから生じる移行リスクは、企業の運営コスト、収益、資産評価、資本へのアクセスといった主要な財務指標に影響を与える可能性があります。
たとえば、石炭火力発電への投融資は、脱炭素規制が強化されることで「座礁資産」になりかねません。投資家や銀行にとっては、そうしたリスクを事前に把握できるかどうかが、ポートフォリオの健全性を左右します。
TCFDからISSBへ|開示の「世界標準」はどう変わったか
気候関連の財務情報を開示する国際的な枠組みとして、長らく中心的な役割を果たしてきたのがTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。
TCFDは、G20財務大臣および中央銀行総裁の意向を受け、金融安定理事会(FSB)の下に設立されたとされています。
TCFDの提言は、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つのテーマを中心に構成されており、組織運営の核となる要素を網羅しています。
この枠組みは世界的に広く普及し、多くの組織が公式に支持を表明したとされています。
しかし、その後さらなる統合が進みます。
TCFDはその役割をISSB(国際サステナビリティ基準審議会)に引き継ぎ、TCFDの提言の内容は、ISSBが策定したIFRS S2「気候関連開示基準」に組み込まれています。
日本においても、ISSBをベースにしたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準の策定が進んでおり、2025年3月に最終化されました。気候関連の財務情報開示が企業経営に組み込まれる流れは加速しています。
日本の金融機関が直面している課題
金融庁の2025年6月レポートは、日本の金融機関の「進歩と壁」を同時に示しています。
企業がカーボンニュートラルやネットゼロに向けた移行(トランジション)を行うための資金供給に対する理解が進みつつある
一方で、顧客の移行への資金支援により排出量(ファイナンスド・エミッション)が一時的に増加するといった課題も聞かれています。
「ファイナンスド・エミッション」とは、金融機関が融資や投資を通じて間接的に支援している先から生じる温室効果ガス排出量のことです。脱炭素への移行を支援することが、短期的には排出量増加に見えてしまうという、金融機関ならではのジレンマがあります。
金融機関は気候変動に伴ってポートフォリオのリスク管理を高度化することに加え、投融資活動を通じて取引先の気候変動リスクの低減に影響を与えることも期待されています。
気候変動と金融リスクは「私たち」にも関係する
「金融機関の話」と聞くと、縁遠く感じるかもしれません。しかし、実は私たちの生活にも深くつながっています。
気候変動は今日、世界が直面する最大の社会的・経済的リスクのひとつです。企業や投資家は、ネットゼロ経済への移行や気候変動の物理的影響によってすでに影響を受けており、その影響は今後さらに大きくなるとされています。
たとえば、大規模な洪水や猛暑で地域の農業や観光業が打撃を受ければ、地域に根ざした地方銀行の収益や融資能力にも影響が及びます。また、気候関連財務リスクを幅広く開示することで、より情報に基づいた投資・融資・保険引受の意思決定が可能になり、持続可能で低炭素な経済への移行を促進できる
とされています。年金や保険といった私たちの資産も、運用先の企業が気候リスクにどう対処しているかによって影響を受けます。
「開示」を超えて「経営」へ
気候関連の財務リスク開示が世界的に義務化・標準化される流れは、もはや後戻りできない段階に来ています。
TCFD提言はもともと任意の開示ガイドラインとして始まりましたが、現在では欧州連合、シンガポール、カナダ、日本、南アフリカを含む多くの国・地域で義務的な規制の枠組みに急速に組み込まれているとされています。
金融機関が気候変動シナリオ分析を通じてリスク・機会を把握し、経営戦略に組み込むことで、自身のリスク管理の高度化と与信先との対話の活性化につながる
ことが期待されています。気候変動への対応は、単なる「ESG報告書の記載」から「経営の核心」へと変わりつつあるのです。
まとめ|リスクを見える化することが第一歩
気候変動と金融リスクの関係は複雑ですが、要点はシンプルです。「気候変動は企業の財務に影響する」という事実を正確に開示し、リスクを見える化することが、金融システム全体の安定と脱炭素への移行を同時に支える基盤になります。
金融機関だけでなく、消費者・投資家・市民として、私たちも「どの企業が気候リスクに真剣に向き合っているか」を見る目を養うことが、これからの時代に求められる行動のひとつといえるかもしれません。

