サステナビリティ開示とは、気候変動や人的資本、人権への取り組みを、企業が数値と文書で投資家や取引先に示す仕組みです。日本では2026年に入って、その「本番」を支える制度が公布され、法律も成立しました。2026年2月に内閣府令の改正が公布・施行され、同年7月には第三者保証を盛り込んだ金融商品取引法の改正も成立しています。この記事では、いま何が決まり、どの会社がいつ何をする必要があるのかを整理します。あわせて、上場企業ではない会社にも影響が及ぶ理由と、担当者が今から取れる行動を取り上げます。
「改正案」から「確定した制度」へ|2026年に何が決まったのか
元の記事が出た時点では、金融庁の内閣府令は公開草案の段階でした。それから状況は大きく進んでいます。ここでは、決まったことを制度の階層ごとに確認します。
基準づくりはSSBJが担った
2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が3つの基準を公表しました。ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」、テーマ別基準第1号「一般開示基準」、テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」です。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準と整合するよう設計されており、海外の投資家が日本企業を比較しやすくすることが狙いです。
内閣府令の改正と法律の成立で、義務化の道筋が固まった
2026年2月20日、金融庁は「企業内容等の開示に関する内閣府令」などの改正を公布し、同日に施行しました。有価証券報告書にSSBJ基準で記載する義務と、人的資本開示の拡充が、ここで確定しています。
さらに、サステナビリティ情報の第三者保証を義務づける内容を含む「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」が2026年4月に国会へ提出され、同年7月に成立しました。基準に沿った開示を求める段階から、その信頼性を外部の専門家が確かめる段階へと、制度の重心が移ったといえます。
義務化の対象は、まず東証プライム上場企業
義務の対象は、東京証券取引所プライム市場の上場会社のうち、一定の平均時価総額を超える企業です。ESGへの取り組みが任意の報告書から、有価証券報告書という法定書類へ移ることで、財務情報と同じ水準の正確さと説明責任が求められます。
時価総額別スケジュールと「二段階開示」の仕組み
義務化の時期は一斉ではなく、時価総額の大きい企業から順番に進みます。自社がどの回に当たるかを把握することが、準備の出発点になります。
適用時期の一覧
確定している適用時期と、金融審議会のワーキング・グループ報告で示された方向性は、次のとおりです。
- 平均時価総額3兆円以上のプライム上場会社は、2027年3月31日以後に終了する事業年度から適用されます(2027年3月期)。
- 平均時価総額1兆円以上3兆円未満の会社は、2028年3月31日以後に終了する事業年度から適用されます(2028年3月期)。
- 平均時価総額5,000億円以上1兆円未満の会社は、2029年3月期から適用する道筋が、2026年1月のワーキング・グループ報告で示されています。内閣府令での確定は今後の改正を待つ形です。
つまり、最初の対象となる3兆円以上の企業は、いままさに最初の事業年度の途中にいます。「本番」という言葉は、この状況を指しています。
初年度の負担を和らげる二段階開示
制度には、準備が間に合わない企業への配慮もあります。適用初年度とその翌年度は、有価証券報告書の提出時にサステナビリティ情報を記載しなくてもよく、翌期の半期報告書の提出期限までに訂正報告書で補えます。有価証券報告書の提出期限そのものは、現行の事業年度経過後3か月以内が維持されます。
誤解されやすい点
この猶予を「義務化が先送りされた」と受け取るのは誤りです。猶予されるのは提出のタイミングであり、開示するデータを集める作業は事業年度の最初から必要になります。排出量の算定や社内の承認フローは、年度の途中から作り直すことができません。
人的資本開示はもう始まっている
SSBJ基準の義務化より一足早く、人的資本の開示拡充がすでに動いています。「これから始まる話」ではなく「もう提出済みの企業がある話」として押さえておく必要があります。
新しく求められる3項目
2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、次の3点の記載が求められています。
- 連結ベースで、企業戦略と関連づけた人材戦略
- 従業員の給与等の決定に関する方針
- 提出会社の従業員の平均年間給与の、対前事業年度の増減率
決算期によって「初回」の時期が違う
3月決算の会社は、2026年6月ごろに提出する有価証券報告書が最初の対象でした。12月決算の会社は、2026年12月期の報告書を提出する2027年3月ごろが初回になります。元の記事は「2026年度から」と書いていましたが、実際には決算期ごとに初回が分かれる点に注意が必要です。
人事部門と経営企画の連携が前提になる
このうち「人材戦略を企業戦略と関連づける」項目は、人事部門だけでは書き切れません。経営計画のどの目標に、どの人材投資が結びつくのかを、経営企画と人事が同じ言葉で説明できる状態が必要です。平均給与の増減率は数字ひとつで表れるため、賃上げの方針と実績の整合も、投資家や求職者に見られることになります。
保証とセーフハーバー|「正しさ」と「責任」の線引き
開示の義務化には、書いた内容の信頼性をどう担保するかという問題がついてきます。2026年の法改正は、この点に答えを出しました。
第三者保証が義務づけられる
改正法では、一定のプライム上場企業に対して、サステナビリティ開示基準に基づく情報開示に加えて、第三者保証を義務づけることとされています。金融審議会のワーキング・グループ報告では、開示が始まった翌年から保証を導入する道筋が示されました。この考え方に当てはめると、2027年3月期に開示が始まる3兆円以上の企業は、2028年3月期に保証を受ける段階に入る計算です。
保証を行う側は登録制になる
保証を担う事業者は登録制となり、国際的な倫理・独立性の基準に沿って業務を行うことが求められます。監査法人に限らず、要件を満たせば監査法人以外の事業者も登録できる設計です。保証の担い手が増えれば、企業側にとっては選択肢が広がります。
将来情報や推計値には責任の特例がある
一方で、企業が萎縮しないよう、責任の線引きも整えられました。将来情報や見積りを含む情報の虚偽記載について、一定の要件を満たせば民事責任・行政責任を負わないセーフハーバー・ルールが法律に盛り込まれています。さらにScope3の温室効果ガス排出量については、合理的な推論の過程を記載していれば、虚偽記載の責任を負わないとする整理が内閣府令で示されました。ただし、財務諸表に密接に関連する情報や刑事責任は特例の対象外とされています。
非上場企業・中小企業にも届く理由
「SSBJ基準は、プライム上場の大企業だけの話」という理解は、半分だけ正確です。法律上の義務は上場企業にかかりますが、データの流れは取引関係を通じて広がります。
Scope3が取引先へのデータ要請を生む
開示企業は、自社の排出量に加えて、原材料の調達や製品の使用などサプライチェーン全体の排出量(Scope3)を把握する必要があります。そのため、取引先に対して、事業所のエネルギー使用量やCO2排出量の提供を求める場面が増えていきます。環境省は、サプライチェーンを通じた排出量算定のガイドラインや算定支援ツールを公開しており、中小企業が最初に取りかかるときの手がかりになります。
EUでも「中小企業の負担」を調整している
EUの動きは参考になります。2026年2月26日に官報に掲載された「オムニバスI」指令では、CSRDの対象が従業員1,000人超かつ売上高4億5,000万ユーロ超の企業に絞られました。あわせて、従業員1,000人未満の企業は、自主的な中小企業向け基準を超える情報の提供を、取引先の大企業から求められても断る権利を持つことになりました。つまり、データを求める側にも一定の歯止めがかかる方向です。
断る力と応える力の両方が競争力になる
日本の中小企業にとっても、すべての要請に無制限に応えるのではなく、自社の排出量を把握したうえで、求められる範囲を整理して対話することが現実的です。排出量を早めに算定できている会社は、取引先から「選ばれる理由」を持てます。
海外の揺り戻しの中で、日本企業が見るべき軸
海外ではサステナビリティ規制の見直しが相次いでいます。これを「ESGの後退」と読むか、「実効性を高める調整」と読むかで、企業の対応は変わります。
EUは対象を絞ったが、制度は残した
EUのオムニバスI指令は、CSRDの対象企業を大きく減らしました。それでも制度は廃止されておらず、加盟国はCSRD部分を2027年3月19日までに国内法へ取り込む必要があります。範囲は狭まっても、開示を求める枠組みそのものは維持されています。
米国の動きは文脈を分けて読む
米国ではESG政策に慎重な動きが報じられており、気候目標の進捗をあえて公表しない企業が出ているという見方もあります。ただし、これは特定の政治的な文脈によるものです。日本の法定開示は金融商品取引法に基づいており、その義務は海外の政治状況では変わりません。
「コスト」か「競争力の源泉」か
義務化が進むほど、実態の伴わない「環境に優しい」といった表現はリスクになります。一方で、数字と根拠を示して取り組んできた企業は、比較されやすくなる分、正当に評価されやすくなります。開示を単なる提出書類と見るか、経営の説明力を高める機会と見るかで、数年後の差が開いていきます。
担当者が今から着手できる準備の順番
制度が確定した今は、「何から手をつけるか」を決める時期です。ここでは、上場企業の担当者と、取引先から要請を受ける中小企業のそれぞれの視点で整理します。
上場企業の担当者の準備
まず、自社が上の表のどの回に当たるかを確認します。そのうえで、次の順で進めると手戻りが少なくなります。
- 気候関連のリスクと機会を、経営会議の議題として洗い出す
- Scope1、2、3の排出量を、どの部署のどのデータで集めるか棚卸しする
- 人的資本の3項目について、経営計画との整合を人事と経営企画で確認する
- 保証を受ける前提で、データの根拠資料と承認の記録を残す仕組みを作る
取引先から要請を受ける中小企業の準備
まず、電気やガス、燃料の使用量から、Scope1とScope2を算定してみることをおすすめします。環境省のガイドラインとツールで、自社の数字を作れます。いきなり完璧を目指す必要はありません。
「何のためか」を言葉にしておく
どの立場でも共通するのは、「なぜ開示するのか」を自社の言葉で説明できる状態です。数字が整っていても、取り組みの背景が語れなければ、投資家や取引先の信頼にはつながりにくいからです。
まとめ
2026年は、日本のサステナビリティ開示が「努力」から「法定の義務」へ移った年です。基準はSSBJが定め、内閣府令で時価総額別のスケジュールが確定し、法改正で第三者保証と責任の線引きまで整いました。最初の対象となる企業は、いまが最初の事業年度の途中です。
人的資本の3項目はすでに3月決算の企業から提出が始まっており、先行して実務が動いています。二段階開示で提出のタイミングは猶予されますが、データを集める作業は事業年度の最初から必要です。上場していない会社も、Scope3を通じた取引先からの要請という形で影響を受けます。
制度が整うほど、実態の伴わない表現は通用しにくくなり、地道に取り組んできた企業が評価されやすい環境になります。まず、自社がどの回に当たるか、あるいは取引先から何を求められる可能性があるかを、1つだけ確認してみてください。
- SSBJ基準は2027年3月期(時価総額3兆円以上)から順に義務化される
- 人的資本の3項目は、2026年3月期の有価証券報告書から開示が始まっている
- 二段階開示は提出時期の猶予であり、データ収集の猶予ではない
- 第三者保証とセーフハーバーで、信頼性と責任の線引きが整えられた
- 中小企業もScope3を通じて影響を受けるため、Scope1、2の算定が最初の一歩になる
参考文献
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について(2026年)
- KPMGジャパン「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ報告」解説(2026年)
- 金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」(2026年)
- EY Japan「SSBJによるサステナビリティ開示基準の公表」(2025年)
- DLA Piper「EU Omnibus I Directive amending CSRD and CSDDD will enter into force on 18 March 2026」(2026年)



