CO2を排出することに「コスト」がかかる時代が、いよいよ本格的に幕を開けます。2026年4月、国が主導するグリーントランスフォーメーション(GX)政策の中核をなす排出量取引制度「GX-ETS(グリーントランスフォーメーション排出量取引制度)」の第2フェーズが始まります。「カーボンプライシング」という言葉はここ数年で耳なじみが増しましたが、制度が動き出すことで、企業は何を求められ、どう動けばよいのでしょうか。
GX-ETSとは何か|制度の基本をおさらい
GX-ETSは、CO2などの温室効果ガスを多く排出する企業を対象に、排出量の上限(キャップ)を設定し、上限を超えた分を他社から購入する「排出量取引」を行う仕組みです。
国が進めるGX(グリーントランスフォーメーション)政策の中核となる制度で、CO2排出量が多い企業を対象に2026年度から本格的にスタートします。
制度は段階的に進化しており、2023年度から始まった第1フェーズでは参加企業が自主的に排出削減目標を設定する「自主目標型」でした。
2026年4月から第2フェーズが始まり、義務化によって企業の戦略は大きく変わる局面を迎えます。
カーボンプライシングとは文字通り、CO2排出に価格をつけることです。「炭素の価格」が高まるほど、排出削減に積極的な企業ほどコスト面でも有利になります。逆に言えば、排出削減に消極的な企業はコストの増大と、投資家からの評価低下という二重のリスクに直面します。
「反ESG」の逆風の中で問われる企業の覚悟
2025年以降、米国のトランプ政権による反ESG政策の影響もあり、ESG経営をめぐる国際的な風向きに変化が生じています。しかし日本国内では、その流れとは独立した形で制度整備が着実に進んでいます。
2026年は、ESGに対する企業の揺らがぬ覚悟が試される年になるとされています。国際枠組みに沿ったサステナビリティ開示が本格化し、世界の投資家が目を光らせる中、海外の「反ESG」の風は「そのESGは企業価値につながるのか」と問いかけています。
地政学的な不確実性が残る中でも、サステナブル投資はより現実的で実用的な方向へシフトしており、2026年はESG・サステナブル投資の具体的な価値を実証し、イノベーションを推進することが最優先課題となるという見方があります。
GX-ETSの本格化は、こうした「本物かどうか」を問う文脈とも深く重なります。排出削減の実績が取引データとして可視化されることで、グリーンウォッシング(見せかけだけの環境対応)が通用しにくくなるからです。
企業に求められる3つの対応
自社の排出量を正確に把握する
GX-ETSに対応する第一歩は、Scope1(自社の直接排出)・Scope2(エネルギー由来の間接排出)に加え、サプライチェーン全体を含むScope3排出量をどれだけ正確に把握できるかです。
サプライチェーンを通じてScope3への対応が求められるようになっており、銀行や投資ファンドなどの金融機関が融資・投資判断にサステナビリティ情報を活用するようになれば、開示対応は企業規模を問わず「事実上の必須条件」となっていくと見込まれています。
特に中堅・中小企業にとっては、大企業のサプライヤーとして排出量データの提供を求められるケースが増えており、「対岸の火事」ではありません。
削減戦略を経営に組み込む
排出量取引では、削減しすぎた分(余剰クレジット)を他社に売ることもできます。つまり、脱炭素対応が「コストセンター」ではなく「収益機会」になり得るのです。
GX-ETSの本格始動によってカーボンクレジットの獲得競争が激しくなることが予想されており、先行する大手企業による自社の資産を活用したJ-クレジット創出事業など、積極的な動きが活発化しています。
この「攻め」の姿勢が、制度を単なる規制対応に終わらせないための鍵です。自社のエネルギー転換計画や設備投資計画と排出量目標を紐付け、経営戦略の一部として位置付けられるかどうかが問われます。
ESGデータの管理体制を整備する
制度対応の実務面では、ESGデータの収集・管理体制の構築が急務です。
第三者保証の義務化も議論されており、財務情報と同レベルの網羅性・適時性・正確性の担保や、監査に耐え得るデータマネジメント体制・内部統制の構築が必要とされています。
拡大するサステナビリティ情報開示義務に対応するためには、従来多くの企業が採用しているExcel等の表計算ソフトを用いたマニュアルでのデータ収集・集計・開示には限界があり、ESG関連データに最適なデジタルソリューションの導入が求められています。
排出量取引制度が稼働すれば、報告データの正確性は取引の有効性にも直結します。社内体制の整備は、制度開始を待たず今から着手すべき課題です。
開示義務の拡大とのつながり
GX-ETSの動きは、サステナビリティ開示の義務化とも連動しています。
2025年11月26日に金融庁が公表し、2026年2月20日に正式施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正では、東京証券取引所プライム市場上場会社のうち平均時価総額1兆円以上の企業にSSBJ基準の適用が定められており、温室効果ガス排出量のスコープ3に関する定量情報にはセーフハーバー・ルールが適用されます。
サステナビリティ情報に関しては、時価総額3兆円以上の企業は2027年3月31日以後、3兆円未満1兆円以上の企業は2028年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書への適用が予定されています。
排出量取引制度と開示義務のダブルプレッシャーが重なる今、「まだ準備できていない」という企業は時間的余裕が少ない状況です。
大切なのは「量」より「質」の転換
カーボンプライシングの本質は、企業に「どれだけ少なく排出できるか」を競わせることで、経済全体の脱炭素化を促すことです。しかしそれ以上に重要なのは、排出削減を「義務だから仕方なく」ではなく、「どうビジネス機会に変えるか」という視点で捉える経営姿勢の転換ではないでしょうか。
気候変動は2026年に投資家の優先課題としてさらに重要性を増す見込みであり、脱炭素化への注目が継続する一方で、気候変動による物理的リスクと適応策への関心が高まっています。
炭素に値段がつく時代は、後戻りしません。GX-ETSの本格化は、企業がその覚悟を問われる一つの節目です。規制対応の第一歩を踏み出しながら、自社のビジネスモデルをより強靭で持続可能なものへと転換していく——その姿勢こそが、これからの企業競争力を左右するといえるでしょう。

