バスが廃線になった町で、高齢者が通院をあきらめる。免許を返納したくても、車なしでは生活が成り立たない。「移動できること」は、あまりにも当たり前のことのように見えて、実はそれが守られていない人たちが日本各地に存在します。2026年は、そんな「移動の格差」に世界が本腰を入れ始めた年でもあります。国連が初めて「持続可能な交通の10年」を宣言し、日本でも国・地方・民間が連携した交通の再設計が動き出しています。
国連が「移動」を10年間の最重要課題に位置づけた
「国連・持続可能な交通の10年(2026〜2035年)」が宣言され、各国政府、国連機関、自治体、民間企業、市民社会、若者団体が、10年間を通じた協調行動を加速させるための枠組みのもとで動き出しているとされています。この枠組みでは、すべての人へのアクセス確保、低炭素・ゼロカーボンで強靭なシステム、効率的な物流、人間中心の都市モビリティ、安全・セキュリティ、そしてイノベーションという重点分野が掲げられているといいます。
なぜ今、「交通」が世界的な課題として注目されているのでしょうか。交通部門は世界のエネルギー関連温室効果ガス排出量の相当部分を占めており、道路事故は年間多くの命を奪っているとされています。また、多くの都市では、安全でない歩道、信頼性の低い公共交通機関、高い交通費が、女性・高齢者・障がいのある人・低所得者層に不均衡な負担を与えています。交通需要は今後さらに大きく増加すると見込まれており、この10年間のモビリティに関する選択が、持続可能な発展の方向性を左右することになります。持続可能な交通を専門に扱うSDGsの目標は設けられていませんが、複数のSDGsターゲットに反映されており、多くの目標を達成するための「実現手段(enabler)」として認識されています。貧困削減、健康、気候変動対策、ジェンダー平等、教育——いずれとも深く結びついているのが「移動する権利」です。
日本の地域交通が直面する現実
国連の宣言が指摘する「アクセスの格差」は、日本では特に地方部で深刻な形で現れています。特に地方では、免許返納後の高齢者などの移動需要が十分に満たされておらず、既存の交通サービスだけでは対応が困難な状況が続いています。日本では少子高齢化に伴い、高齢者の交通事故や公共交通機関廃止に伴う移動難民の発生が社会問題となっており、高齢者にも使いやすい移動手段が求められるようになりました。
こうした状況を受け、デジタル庁は「モビリティ・ロードマップ2025」を策定し、地域の交通課題に対して政府横断的に取り組む方針を示しているとされています。政府はモビリティサービスを「個別技術の導入」ではなく、「社会システムとして再設計する」必要があると位置付けているといいます。また、複数の自治体が、それぞれ独自の課題認識のもとで「需給一体となったモビリティサービスの再設計」に取り組んでいる事例が報告されています。自動運転バスの活用、オンデマンド交通の導入、介護予防財源を活用した移動支援など、地域の規模や特性に応じたアプローチが模索されています。
自動運転バスは「答え」になるか
こうした地域交通の担い手として注目されているのが、自動運転技術です。先進モビリティ株式会社は千葉県柏市・柏の葉地域において、国土交通省関東運輸局より道路運送車両法に基づく「自動運転レベル4」の認可を取得しました。交通量の多い首都圏の一般道路(混在空間)を走行する中型バスとしては初めての認可であり、将来的に一般的なバス路線への自動運転サービスの拡大可能性を示すものとされています。
また、広域連携を通じた自動運転バスの持続可能な社会実装モデルの構築も各地で進んでおり、複数自治体の広域連携による自動運転実証実験の推進なども事例として挙げられています。
ただし、自動運転はすべての地域課題を解決する魔法の技術ではありません。日本の自動運転・モビリティ分野は、海外勢との技術格差の拡大や、高コスト・技術的制約により実証実験から事業化に進めないケースの増加という課題も抱えているとされています。実証実験の段階から持続可能な事業モデルへといかに移行するかが、今後の最大の問いとなっています。
「移動の権利」をすべての人に
持続可能な交通の議論が重要なのは、それが単なる「便利さ」の話ではないからです。病院に行けない、仕事に就けない、地域のコミュニティから孤立する——移動の困難は、こうした生活上の不利益と直結しています。持続可能な交通は、貧困削減、健康、気候変動対策、ジェンダー平等、教育といったSDGsの達成と深く連動しています。国連の枠組みのもとで、クリーンで公平なモビリティ、アクティブモビリティ、ゼロエミッション道路交通、交通データの整備などに向けた取り組みが示されているといいます。
日本でも、2026年4月から自転車の交通ルールを強化する道路交通法改正が施行され、2026年9月からは生活道路の法定速度が30km/hに引き下げられる予定とされています。これにより、「生活道路は低速が前提」という考え方が明確になります。自転車や徒歩で安心して移動できる環境づくりも、持続可能な交通の重要な柱です。
私たちにできること
「持続可能な交通」というと、EVや自動運転など最先端技術の話に聞こえがちです。しかし、その本質は、どんな場所に住んでいる人も、年齢や障がいの有無に関わらず、安全に・環境に負荷をかけずに移動できる社会をつくることにあります。
日常の移動を少し見直すことも、その一歩につながります。近距離の移動を自転車や徒歩に変える、公共交通を積極的に使う、マイカーへの依存を減らす——こうした選択の積み重ねが、地域の公共交通を支え、CO2排出削減にもつながります。
国連が「移動」に10年間の焦点を当てた2026年。日本でも、国・自治体・企業・市民が役割を分担しながら、誰一人取り残さない移動のかたちを模索する時期に入っています。

