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中学2年生で訪れた南三陸が原点。Revive & Surviveが学生団体から合同会社になってまで続ける、防災教育と地域おこし

Revive & Surviveのメンバーが白いTシャツで笑顔で集まっている集合写真

Revive & Survive(リバイブアンドサバイブ、以下R&S)は、「防災」を軸に活動する学生発の団体です。東日本大震災の被災地・宮城県南三陸町での防災ツアー、大学や中学校での講演会、防災グッズの販売、防災ソフトウェアの開発へと活動を広げ、高校時代の「南三陸クラブ」、大学での学生団体を経て、より大きなインパクトを出すために合同会社を設立しました。代表のコーガー大雅様に、中学2年生で訪れた南三陸での原体験、ツアーの中身、学生団体を法人にした理由、「日本の防災を変える」というビジョンについて、MIRASUS学生取材チームがお話を聞きました。

<プロフィール>
Revive & Survive(リバイブアンドサバイブ)
代表 コーガー 大雅 様

震災から7年後の南三陸で、「まだ終わっていない」と知った

――まずはコーガー様ご自身のことと、Revive & Surviveがどのような団体なのかを教えてください。

コーガー様:原点は、中学2年生のときに初めて訪れた東日本大震災の被災地、南三陸町です。NPO法人の方々や語り部の方々のお話を聞き、自分の目でいろいろなものを見て、視点が180度変わるような経験をしました。復興支援、南三陸の地域おこし、防災の教訓。ここに一生携わりたいと思い、中学2年生から大学まで、ずっと南三陸に関わり続けてきました。

ただ、ボランティアや学生団体という形では、どうしても規模を広げられず、影響力の面でも正直物足りなさがありました。本気でインパクトを与えるには、ビジネスとして本腰を入れる必要がある。そう考えて設立したのが、合同会社としてのR&Sです。

活動は大きく2つあります。1つは「Revive」、地域おこしの部分で、南三陸でのツアープログラムです。学校を対象に日本語と英語の両方で展開し、海外の方やインバウンドの方にも、防災や備災(災害に備えること)の教育を届けています。ツアーに来られない方に向けて、大学や中学校での講演会も続けています。参加者が南三陸で買い物をし、地域の方々と出会うことで地域の経済も回るので、結果として地方創生にもつながります。ただ、根本にあるのはあくまで防災教育です。もう1つは「Survive」の部分で、防災グッズを卸価格で仕入れて防災パッケージにし、ブース出店で販売してきました。最近はそれ以上に防災ソフトウェアの開発に力を入れていて、IT企業と提携し、まだパイロット段階ですが、ホテル向けに展開していきたいと考えています。

大学の講義室でスライドを使って防災の講演を行うRevive & Surviveのメンバー

――南三陸で見たものが、それほど大きな原動力になったのはなぜでしょうか。

コーガー様:初めて訪れたのは2018年、震災から7年が経ったころでした。私も東京で東日本大震災を経験していますが、生活が変わるほどの影響はなく、東北のことも全く知りませんでした。「7年も経っているし、がれきなんてもう残っていないだろう」というのが正直なイメージだったんです。

ところが実際に行ってみると、山が崩れたままだったり、がれきが残っていたり、建物が建っていない場所がたくさんありました。「まだ全然復興できていないんだ」と強く印象に残ったのが1つ目です。

2つ目は、語り部の佐藤美香さんのお話です。震災で当時6歳だった娘さんを亡くされた方で、娘さんは私と全く同い年でした。普段どおり学校に行き、サッカーをして、ご飯を食べて、お母さんとけんかをして。そんな何気ない日常が、ある日突然なくなってしまう。ドラマやテレビで見たことはあっても、本当にこういうことがあるのだと、中学2年生の私は初めて知りました。この2つが、「一緒に携わろう」と決意した瞬間でした。

防災を軸に、地域おこしも同時に回す

――南三陸のツアーでは、参加者はどのような体験をするのでしょうか。

コーガー様:私たちの特徴は、内容を一からカスタマイズできることです。たとえば2025年8月に受け入れたインターナショナルスクールでは、校長先生から「中学生にとってタフなプログラムにしてほしい」と言われ、滞在中はずっとテント泊、朝から晩まで自炊とハードなボランティアを組み合わせました。ただ、単なる過酷な合宿で終わらせないよう、土地の歴史や想いに触れる語り部の講演も入れ、身体と心の両方に学びが残る構成にしました。

メインとなるのは、まず語り部です。佐藤美香さんをはじめ、パートナーとして5人ほどの語り部の方がいて、その生の声を聞きます。次に、実際に避難場所になっている森「海の見える命の森」での避難所生活の体験です。水は限られているから最小限しか使わない。ガスバーナーはないからマッチだけで火をおこし、木を切ってピザ窯に入れて料理をする。緊急時に人々がどう暮らしていたのかを、体験を通して学びます。のこぎりで木を切って避難小屋をつくるボランティアも行います。

南三陸町の海の見える命の森で参加者とメンバーが拳を挙げる集合写真

そして、津波が到達した高さの印が残る高野会館へ。私は許可を得て中に入ることができるので、建物の中で「ここでこういうことが起きた」と説明します。最終日は南三陸311メモリアル(東日本大震災伝承館)を訪れ、東日本大震災で何が起きたのか、私たちは何をしなければならないのかを考える時間を設けて終わります。

――ツアーは日本語と英語で行っています。海外の方に防災を伝えるうえでの難しさと、反対に手応えを感じる場面を教えてください。

コーガー様:英語は本当に難しいです。海外の方のツアーでは、語り部のお話を私や創設メンバーが通訳しますが、語り部の通訳ほど難しい通訳はありません。一つひとつの言葉がとても重く、絶対に間違えることができません。娘さんを亡くした、息子さんを亡くしたということを、簡単な言葉で言えるはずがありません。だからメンバーは事前に研修と練習を重ね、お話の内容を先に伺ったうえで、一つひとつ言葉を選んで通訳しています。

一方で手応えもあります。日本人は日本が災害大国だと知っていて、津波や東日本大震災のこともなんとなく理解しています。しかし海外には「防災」に当たる言葉がない国も多く、地震そのものを経験したことがない方もいます。そういう方々が南三陸で初めて「こんなことがあったのか」と知る。視点が一番早く変わるのは、むしろ海外の方かもしれない、と感じています。

学生団体の限界と、合同会社という選択

――学生団体として活動しながら、合同会社も設立しました。「続ける」だけでなく法人をつくろうと考えた理由を教えてください。

コーガー様:高校では創設メンバーの1人と「南三陸クラブ」をつくり、コロナ禍だったので募金活動や小学生向けの防災教育を2年半ほど続けました。大学ではもう少し大きな規模でやりたいと考え、学生団体としてR&Sを立ち上げました。

ただ、学生団体として回してみて分かったのは、キャッシュフロー(お金の流れ)がないと団体はうまく回らない、ということでした。南三陸に行くには交通費も宿泊費もかかり、学生にとって5万円以上の出費はすぐに出せる金額ではありません。創設メンバーが自費で人を連れて行っていましたが、それでは何度も行けません。大学のファンドや学生ピッチコンテスト、人脈を通じてスポンサーをいただいてもいましたが、限界がありました。

「しっかりビジネスにしないと、インパクトは与えられない」学生団体として活動した1年でそう本気で感じ、創設メンバーとすぐに話して合同会社にしました。今は学校法人から対価をいただき、ブース出店でも収益を得ています。その分、より多くの学生を連れて行けたり、交通費を補助できたり、必要な方に防災パッケージを寄付できたり、売上の10%を南三陸に寄付できたりしています。学生団体として活動した約5年間より、合同会社にしてからの1年半のほうが、間違いなく大きなインパクトを与えられていると感じています。これまでに、インターナショナルスクールや海外校を含む10校以上に、防災教育・地域交流プログラムを提供してきました。また、CIC Asia 2025(アジア大会)では優勝することができました。

CIC Asia 2025のステージで発表するRevive & Surviveの代表

――これまでの活動で一番苦労したこと、うまくいかなかったことは何ですか。その経験から変わった点、うまくいくようになった点もあわせて教えてください。

コーガー様:一番苦労したのは組織構造です。高校の団体には60人ほど、大学の学生団体でも最大で36〜38人のメンバーがいて、創設メンバー3人が上に立って全員を見る、という形でした。ところが組織の構造がしっかりしていなかったので、役割分担や参加できる時間に差があり、一部のメンバーに負担が集中していました。私たちのマネジメント不足もありました。負担が偏った状態が続くと、頑張っていたメンバーほど疲れてしまう。そういう循環が実際に起きました。

そこで学んだのは、人数がいればいいというのは違う、ということです。30人で写真を撮れば見栄えはいいです。でも中身を見ると違います。だから今は、同じビジョンを持って動けるメンバーで組むと決めました。メンバーは12人ほどですが、部署ごとにリーダーを置き、組織の構造をしっかりつくっています。「少数精鋭で戦おう」と切り替えたことが、一番大きな改善点でした。

「心の復興」には長い時間がかかる。感謝の言葉が原動力になる

――地域の方々と関わるなかで、最初に持っていた南三陸のイメージと、実際に感じたことに違いはありましたか。「この活動をやっていてよかった」と一番感じた瞬間も教えてください。

コーガー様:南三陸に住む方々やNPO法人、語り部の方々とお話ししてきて、地域の方々のお話から、心の復興には長い時間が必要だと感じています。正直、私はそこまで考えられていませんでした。語り部の方々もうれしそうに皆さんと接している場面が多いので、「いつも通りには戻ったのかな」と思っていた部分があったのです。でも、そう単純なことではありませんでした。東京に住んでいる私たちは、それを知らずに過ごしています。南三陸に行って初めて気づかされることです。

だからこそ、語り部の方や地元の方から「この活動をしてくれてありがとう」と言われると、本当にほっとしますし、心からやりがいを感じます。中学2年生で「やる」と決めて、辞めずに継続してここまで来て本当によかったと、そのたびに思います。

行動力と継続力。目指すのは「日本の防災を変える」こと

――中学生から活動を続けてきて、ご自身の価値観で一番変わったことは何ですか。

コーガー様:一言で言うと「行動力」です。行動を繰り返すと、いろいろな方に会えて、学べて、フィードバックをもらえます。自分が本当に何をしたいのかが明確になり、サービスも団体もどんどん改善されていきます。

もう1つは、辞めないこと。継続力です。学生団体の段階では、資金が足りない、メンバー同士でぶつかると、うまくいかないことばかりで、創設メンバーが弱音を吐くこともありました。でも私は「一旦辞めなければなんとかなる」とずっと言い続けて、辞めずに、人に会い、フィードバックをもらい続けた。まだまだですが、それで今があると思っています。行動力×継続力。中学生のころと比べて、価値観として一番大きくなったのはそこです。

――Revive & Surviveの活動を通して、どのような社会をつくっていきたいですか。

コーガー様:「日本の防災を変える」ことです。日本人も、海外から日本に来る方も、日本に住むすべての人が安全に暮らせる日本をつくりたい。建物が丈夫か、防災パッケージを持っているか、要素はいろいろありますが、結局はすべて防災の力です。それがR&Sの使命であり、これからも継続して注力していきます。

――最後に、MIRASUS読者へメッセージをお願いします。一緒に活動したい学生への呼びかけでも構いません。

コーガー様:社会の問題に興味を持っているというのは、それ自体がとても大事なことです。私自身、大学時代に社会にインパクトを与えることに興味を持ったからこそ今の活動があり、価値観が変わり、人生の選択肢も視点も広がりました。もちろんお金も大事です。ただ、お金だけを見ている人と、社会へのインパクトも考えて活動している人では、選択肢も、正直なところ幸福度も違うと感じています。社会のために何かをしたいという興味は、絶対に失わないでほしいです。R&Sでボランティアをしてみたいという方は、いつでも声をかけてください。

――今回はお話を聞かせていただきありがとうございました。

▼ Revive & Surviveのページはこちら
ホームページ(日本語):https://revivesurvive.com/ja/ホーム/

取材後記(取材チーム・成田充希)

今回の取材で一番心に残ったのは、「災害は日本に住んでいれば当たり前」と思っていた自分に気づかされたことです。東日本大震災、熊本、能登と経験してきたはずなのに、防災を自分ごととして考える時間は意外なほど少なかった。「人数ではなく、同じビジョンを見ている少数精鋭で」「資金不足という壁を、ビジネスにすることで越える」と言い切るコーガー様の言葉は、学生団体に関わる同じ学生として大きな刺激になりました。1時間半の取材のあいだ、「社会を変えたい」という思いがどの答えにもにじんでいたことを、この記事で少しでもお伝えできればうれしいです。

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