サステナブルツーリズムとは、自然環境・地域文化・地域経済のどれも損なわずに、観光を長く続けられる形にしていく考え方です。日本では2025年の訪日外客数が初めて4,000万人を超え、この考え方は理念ではなく、入山料や宿泊税といった「払う仕組み」として具体化し始めました。
非財務開示を取材していると、企業のサステナビリティ報告と同じ構図が観光地にもあると感じます。「持続可能です」という言葉より、何を測り、誰がいくら負担し、使い道をどこまで公開しているかのほうが、実態をはっきり映します。この記事では、公的資料と報道で確認できる数値をもとに、日本の制度の現在地と、旅行者として選べる行動を整理します。
日本でサステナブルツーリズムが政策課題になった背景
日本のサステナブルツーリズムは、環境意識の高まりだけで動いてきたわけではありません。観光客が急増し、地域の暮らしや自然が受け止められる限度に近づいたことが、制度づくりを押し進めました。
訪日客は4,268万人に、宿泊は大都市圏に偏る
日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2025年の訪日外客数は4,268万3,600人で、過去最高だった2024年の3,687万人を上回りました。年間で4,000万人を超えたのは初めてです。
一方、財務省の広報誌が引用する観光庁の資料では、外国人の宿泊地は東京・神奈川・千葉・埼玉・愛知・大阪・京都・兵庫を合わせた三大都市圏が全国の約7割を占めるとされています。人数の増加以上に、特定の場所と時間帯への集中が混雑やマナーの問題を生む構造です。
国の物差しになったJSTS-D
こうした集中に対し、観光庁は2020年に日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)を策定しました。国際的な持続可能な観光の基準であるGSTC-Dに準拠し、日本の現状に合わせた指標集で、地方公共団体やDMO(観光地域づくり法人)が使うことを想定しています。
構成は、持続可能なマネジメント、社会経済、文化、環境の4分野です。公表されている整理では、大項目47、小項目113にわたります。重要なのは、これが認証そのものではなく、地域が現状を測り、証拠にもとづいて観光政策を立てるための支援ツールだという点です。観光庁は、JSTS-Dの活用が国際認証(Green DestinationsやUNWTO関連の認証など)の取得にもつながると説明しています。
「サステナブル」を名乗る前に確認したいこと
指標を使うこと自体は、持続可能性の証明ではありません。地域が指標を公開しているか、住民の声を反映しているか、収入の使い道を示しているかを見る必要があります。企業のESG開示で「方針はあるが数値がない」報告が評価されにくいのと同じで、観光地の取り組みも、数値と使途が開示されているほど検証しやすくなります。
入山料・宿泊税・出国税、払う仕組みが広がっている
近年の日本の特徴は、混雑対策の費用を旅行者側が負担する制度が、山・都市・国境の3つのレベルで同時に整い始めたことです。それぞれの仕組みを見ていきます。
富士山の入山料と入山規制
富士山では、2025年の夏山シーズンから山梨県側・静岡県側ともに入山料が1人4,000円になりました。静岡県側は2024年まで任意の1,000円の保全協力金でしたが、訪日登山者の増加や事故の多発を背景に、山梨県と足並みをそろえて有料化されました。
山梨県側では2025年7月1日から9月10日までの規制期間に、山小屋の宿泊予約者などを除き、16時から翌3時まで登山道を閉鎖しました。さらに、登山者が1日4,000人を超える場合も閉鎖するとされています。静岡県側も、山小屋に泊まらない登山者の入山を16時から翌3時まで規制しました。2026年の運用は変更の可能性があるため、登山前に各県の公式情報で確認してください。
屋久島にも、山岳部の環境保全協力金があります。環境省などの資料では、協力金を山岳部のトイレのし尿搬出の継続に充てているとされており、使途が具体的に示されている例です。
京都市の宿泊税は最大1泊1万円に
京都市は2026年3月から宿泊税を引き上げ、上限を1泊1万円としました。報道によると、宿泊料金が6,000円未満は200円で据え置き、6,000円以上2万円未満は400円、2万円以上5万円未満は1,000円、5万円以上10万円未満は4,000円、10万円以上は1万円になります。
市は、2026年度の宿泊税収を2025年度の2倍以上となる132億円と見込み、修学旅行生の誘致や文化財修理などに充てる方針と報じられています。全国で最も高い水準の税額であり、課税の是非とあわせて、使途がどこまで公開され、住民の暮らしの改善に結びつくかが今後の焦点です。
出国税は1,000円から3,000円へ
国境のレベルでは、国際観光旅客税(出国税)があります。与党は2025年12月に、2026年7月1日から税額を1,000円から3,000円に引き上げる方針を決めました。2019年1月の導入後、初めての引き上げです。
税収は、オーバーツーリズム対策、地方誘客や需要分散、重要文化財など地域固有の資源を活かした観光の整備などに使うとされています。日本人の海外旅行者にも課される税であり、「観光の持続可能性を支える費用を、旅行者全体で分け合う」方向に制度が動いていることがわかります。
先駆モデル地域に見る、分散と合意形成の工夫
費用を集めるだけでは混雑は解けません。観光庁は、オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージの中で、先駆的に取り組む地域を選び、国として支援しています。
対策の4つの型
財務省の広報誌によると、観光庁は令和5年度補正予算で26の先駆的モデル地域を採択し、うち20地域が地方部です。対策は、受入環境の整備・増強、需要の適切な管理、需要の分散・平準化、マナー違反行為の防止・抑制の4類型に分けて進められています。
奈良県が混雑状況をサイネージやWEBでリアルタイムに配信し、人の流れを分散させる取り組みは、このうち「分散・平準化」の例です。
高山市と小豆島の例
岐阜県高山市は、先駆モデル地域として「持続可能な地域の実現に向けた観光課題対策事業」に取り組んでいます。報道によると、令和5年度の市民アンケートでマナー問題や交通渋滞といった課題が浮かび、観光客がルールを理解し実践するための方策として「TAKAYAMA STYLE(仮称)」の提唱が計画されました。
香川県の小豆島(小豆島町・土庄町)は「観光により持続できる島、小豆島」という事業名で選定されています。いずれも、旅行者への呼びかけと住民の声の把握を組み合わせている点が特徴です。
注意したい点
先駆モデル地域の取り組みは、効果の検証がこれからのものが多く、混雑が減ったかどうかは地域ごとの公表データを見ないと判断できません。支援を受けたこと自体を成果と読まず、取り組み前後で何が測られているかに注目するのが、非財務開示を読むときの基本姿勢と同じです。
旅行者が関われる3つの層
ここからは、公的資料の事実に私自身の整理を加えた部分です。国や自治体の制度を読み解くと、旅行者が持続可能な観光に関わる方法は、大きく3つの層に分けて考えられます。
払う層
入山料、宿泊税、出国税のように、旅行者が費用の一部を負担する層です。制度として決まっているため、選択の余地は小さいものの、「何に使われるか」を知っているかどうかで受け止め方は変わります。宿泊先や自治体の公式サイトで使途を確認する習慣が、この層での関わり方です。
ずらす層
訪問する時期、曜日、時間帯を分散させる層です。富士山の14時以降の入山規制や、奈良県の混雑情報の配信は、この選択を後押しする仕組みといえます。人気の観光地ほど、早朝や平日、人気シーズンの前後に動くだけで、地域への負荷は下がります。
還元する層
地元の店や宿、体験にお金を使う層です。Booking.comが2025年1月に34の国・地域の旅行者約3万2,000人を対象に実施した調査では、73%が「旅行での支出が地域経済に還元されること」を望み、53%が「観光が地域社会に影響を与えている」と考えていると報告されました。日本だけの結果ではなく、意向を聞いた調査であって実際の行動を示すものではありませんが、旅行者側の意識が動いていることはうかがえます。
地域にお金を回す選び方は、エシカル消費の考え方ともつながっています。
なお、「サステナブル」を掲げる宿やツアーの中には、根拠の示されないものもあります。国際認証の有無、取り組みの数値、使途の公開を確認する姿勢は、グリーンウォッシュを避けるうえでも欠かせません。
次の旅行で試したい1つのアクション
制度や調査を読んでも、結局は「自分は何をすればいいのか」が残ります。ここでは、行動を1つに絞って提案します。
出かける前に、行き先の公式観光サイトを5分だけ読む
行き先の自治体やDMOの公式サイトで、入山料や協力金の有無、事前予約の必要性、混雑する時間帯、マナー案内を確認してください。この5分で、先ほどの「払う層」と「ずらす層」の両方に関われます。富士山のように規制や料金が毎年見直される場所では、前年の情報のまま出かけると入山できないこともあります。
10月の今こそ、紅葉シーズンの動き方を見直す
日本では10月から11月にかけて紅葉の行楽が重なり、京都をはじめ人気の観光地で混雑が目立つ時期です。今すぐ予定を変えられない場合は、来年の春や秋の旅行計画に向けて、平日や早朝の訪問を候補に入れておくだけでも十分です。
食事か買い物を、地元の店で1回
そして現地では、食事か買い物のどちらか1回を、地元の個人店や地域の事業者にしてみてください。大きな行動でなくても、「地域経済に還元されたい」という旅行者の意向を、実際の支出に変えるきっかけになります。
まとめ
日本のサステナブルツーリズムは、訪日客が2025年に4,268万人まで増え、混雑とマナーの問題が可視化されたことで、理念から制度へと動いています。観光庁のJSTS-Dという物差しがあり、富士山の入山料、京都市の宿泊税、出国税の引き上げのように、費用を負担する仕組みも広がりました。
ただ、制度が増えること自体が成果ではありません。地域が何を測り、集めたお金をどう使い、住民の声をどう反映しているかが、持続可能性の本当の判断材料になります。旅行者にできるのは、払う、ずらす、還元するという3つの層のうち、無理のない1つから始めることです。
まず1つだけ、次の旅行の前に行き先の公式サイトを開いてみてください。
- 日本の訪日客は2025年に4,268万人となり、混雑とマナーの問題が制度づくりを後押しした
- JSTS-Dは認証ではなく、地域が現状を測って観光を管理するための国の指標集である
- 富士山の入山料4,000円や京都市の宿泊税上限1万円など、費用を旅行者が負担する仕組みが広がっている
- 旅行者の関わり方は「払う・ずらす・還元する」の3層で考えられる
- 次の旅行では、公式観光サイトの確認と、地元の店での食事か買い物を1回試す
参考文献
- 訪日ラボ「2025年の訪日外客数、過去最高の4,268万人」(2026年、JNTO発表の推計値にもとづく報道)
- 観光庁「持続可能な観光地マネジメントの体制づくり(JSTS-D)」
- 財務省「ファイナンス」オーバーツーリズム対策と観光政策(2025年)
- トラベルボイス「出国税引き上げ(1,000円から3,000円)」(2025年)
- 熊本日日新聞(共同通信)「宿泊税1万円に引き上げ観光振興 京都」(2026年)
- 訪日ラボ「Booking.com サステナブル・トラベル調査」(2025年)


