四方を海に囲まれた日本では、洋上風力が再生可能エネルギーの主力候補とされています。一方で、2025年には大規模な落札案件からの事業者撤退が報じられ、「本当に進むのか」という声も聞かれるようになりました。目標値、落札価格、制度のしくみといった数字を並べると、期待と課題の両方が見えてきます。この記事では公的資料に基づく数字を軸に、日本の洋上風力の現在地を整理します。
日本の洋上風力の目標と制度の枠組み
洋上風力は、海の上に風車を建て、風の力で発電する方法です。陸上に比べて風が安定して強く、大型の風車を置きやすいことから、国内の再エネ拡大の柱として位置づけられてきました。環境省の再生可能エネルギー情報提供システム(REPOS)では、洋上風力の導入ポテンシャルは約1,588GWと示されています。ただしこれは自然条件から見た理論上の数字で、航路、漁業、環境、送電網といった制約を引くと、実際に使える量は大きく減ります。
数字を読むときは、「ポテンシャル」「案件形成目標」「実際に稼働した量」を分けて見るのがコツです。この3つは混同されやすく、ニュースの印象を左右します。環境NGOでキャンペーンを設計していた頃も、大きな数字は目を引く一方で、前提が異なる数字を並べると誤解が生まれやすいと感じていました。
2030年10GW、2040年30〜45GWという目標
洋上風力の目標は、官民協議会がまとめた「洋上風力産業ビジョン(第1次)」(2020年12月)で示されました。2030年までに10GW、2040年までに30〜45GW(3,000万〜4,500万kW)の案件を形成する、というものです。同ビジョンは、国内調達比率を2040年までに60%にする目標も掲げています。
ここで注意したいのは、10GWや30〜45GWが「案件形成」の目標だという点です。案件形成は、事業者が決まり、事業計画が動き出す段階までを指します。発電所が完成して電気を送り始める時点とは違うため、稼働済みの量はこれより小さくなります。
2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では、2040年度の電源構成で再エネを4〜5割程度とする見通しが示されました。洋上風力は、その主要な担い手の一つに数えられています。
再エネ海域利用法が決める手順
日本の海は、これまで長く使う権利のルールが曖昧でした。この点を整えたのが、2019年4月に施行された再エネ海域利用法です。国が「有望な区域」から「促進区域」を指定し、公募で事業者を選ぶ流れが法律で定められました。
促進区域を決める前には、地元の漁業者、自治体、国、有識者らが入る法定協議会が開かれます。海をすでに使っている人たちの意見を、事業者が決まる前に聞くための場です。また2025年には、領海の外側にあたる排他的経済水域(EEZ)でも洋上風力を可能にする法改正が行われたと報じられています。
ラウンド1の落札価格と2025年の撤退
ラウンド1の3海域の落札価格は、1kWhあたり11.99円〜16.49円でした。出典は経済産業省・国土交通省が2021年12月に公表した公募結果です。同じ公募で、海域ごとに最大4円台の価格差が生じたことになります。
この結果は、世界的な価格競争の流れを日本に持ち込むものとして注目されました。その後の事業環境の変化が、事業継続の判断に大きく影響することになります。
3海域の落札内容
ラウンド1の対象は、秋田県の能代市・三種町・男鹿市沖、由利本荘市沖、千葉県の銚子市沖の3海域でした。三菱商事エナジーソリューションズを中心とする事業者連合が、3海域すべてで事業者に選ばれています。
海域ごとの落札価格は次のとおりです。
- 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖は13.26円/kWh
- 秋田県由利本荘市沖は11.99円/kWh
- 千葉県銚子市沖は16.49円/kWh
出力規模は、公表資料では能代・三種・男鹿沖が約478.8MW、由利本荘沖が約819MW、銚子沖が約390.6MWとされています。
2025年の撤退と、その後の制度見直し
2025年8月、三菱商事は3海域からの撤退を表明しました。報道では、建設コストの上昇や金利の動きなど事業環境の変化が理由とされています。落札時の価格は、その後の資材費や為替の変動を織り込みにくい設計だった、という指摘もあります。
これを受けて国は、公募のルールを見直す方向で議論を進めてきました。物価や金利の変動をどう扱うか、事業者の実行力をどう審査するか、といった点が論点とされています。撤退した海域をどう再公募するかも含め、制度の細部は更新が続いています。最新の内容は、経産省・国交省の公式ページで確認してください。
安さだけを競う仕組みの限界が見えたことは、制度を改善する材料にもなります。世界的に洋上風力の事業環境が揺れた時期であり、日本だけの特殊な事態とは言い切れません。
着床式と浮体式、日本の海に合う方式は
洋上風力には、海底に基礎を固定する「着床式」と、海に浮かべて係留する「浮体式」があります。日本は沿岸から少し離れると急に深くなる海域が多く、着床式を置ける場所は限られるとされています。そのため、浮体式への期待は高いのですが、コストや量産技術の面ではまだ発展途上の分野です。
方式の違いは、導入のしやすさだけでなく、漁業や景観、環境への影響にも関わります。どちらが優れているかを一律に決められないのは、この点にあります。
すでに動いている国内の事例
国内で先行したのは、着床式の港湾区域の案件です。秋田港・能代港では2022年から2023年にかけて、複数の風車が稼働を始めました。北海道の石狩湾新港でも、大規模な洋上風力が2024年に運転を始めたと報じられています。
浮体式では、長崎県の五島市沖で商用規模の案件が進められています。環境省の実証事業から出発した取り組みで、国内の浮体式の先行事例として知られています。複数の海域で事例が積み上がることで、技術と地域との調整のノウハウが蓄積されていきます。
方式による違い
着床式は、技術がすでに確立されており、世界でも主流です。水深がおおむね50〜60mまでの海域に向くとされています。一方、浮体式は水深が深い海にも置けるため、日本の地形に合います。ただし係留や送電線の設計など、課題は残っています。
どちらを選ぶかは、水深だけでなく、港湾や送電網への近さ、地元との合意にも左右されます。数字で比べるときも、海域の条件をそろえて読むことが大切です。
漁業・環境・電気料金への影響を考える
洋上風力は、地域の海を使う事業です。そのため、漁業や環境との関係を丁寧に確認することが欠かせません。賛成か反対かの二択にしてしまうと、見落とす論点が出てきます。
ここでは、よく論点になる3つの領域を見ていきます。
漁業との協議
法定協議会には、漁業関係者が参加します。風車の周りには、保守や安全のために漁船が入れない範囲ができることがあります。そのため、漁場の利用ルールや補償、地域への還元の方法が議論されます。
一方、海外では風車の基礎が魚の隠れ場所になる例も報告されていますが、効果は海域や魚種によって違います。日本でも調査は続いており、「共存」の中身は海域ごとに探っている段階です。
環境への影響
環境面では、鳥類の衝突、海中の騒音、景観などが論点になります。風力発電は環境アセスメントの対象で、計画の早い段階で影響を予測し、配慮の方法を検討する手続きが設けられています。
一方で、化石燃料に頼る発電と比べると、運転中の二酸化炭素排出は小さいとされています。ただし「環境に優しい」と一言で言い切るのは避けるべきで、影響の大きさは立地や設計によって変わります。
電気料金との関係
洋上風力の電気は、固定価格買取制度(FIT)や、市場価格に上乗せする制度(FIP)で支えられる場合があります。その費用は、電気料金に含まれる賦課金などを通じて、私たちが広く負担しています。
落札価格が高いほど、将来の負担は増える可能性があります。逆に、安すぎて事業が成り立たなければ、撤退のリスクが生じます。この両方のバランスを取ることが、制度設計の難しさです。
洋上風力のニュースを読むときの4つの見方
洋上風力に関する報道は、目標、公募、撤退、技術など話題が多様です。ここでは、公開されている情報を読み解くうえで役立つ見方を、4つの問いとして整理します。特定の調査の結果ではなく、ここまでの公的資料から導いた読み方の提案です。
読者への示唆として、この4つを手元に置いておくと、数字の意味を取り違えにくくなります。
- その数字は「ポテンシャル」「案件形成」「稼働済み」のどれか
- 価格は、いつ・どの条件で決まったものか
- 地元の漁業者や住民との協議は、どの段階まで進んでいるか
- 電気料金や税金を通じた負担は、誰がどのように担うか
たとえば1つ目の問いを使えば、「30〜45GW」という目標が、すぐに電気が届く量ではないとわかります。2つ目の問いを使えば、ラウンド1の落札価格が、のちの事業環境の変化を前提にしていなかった可能性に気づけます。
NGOでキャンペーンを設計していた頃にも、数字の前提を確かめる習慣が、議論の質を大きく変えると実感しました。立場の違う人どうしが同じ数字を見ていれば、対話は少し進めやすくなります。
関連して、洋上風力と並ぶ再エネ技術についても読んでみてください。
再エネ全体の位置づけを知りたい方には、こちらも参考になります。
今日から試せる1アクション
おすすめは、自分に縁のある海域が、国の洋上風力の手続きのどの段階にあるかを1か所だけ調べてみることです。出身地、住んでいる街、旅行で訪れた海辺など、どこでも構いません。
調べ方は難しくありません。経済産業省・国土交通省の洋上風力のページには、促進区域、有望区域、準備区域の一覧があります。そこから、気になる海域の名前を探します。
見つかったら、その海域の法定協議会の資料や議事概要を開いてみてください。漁業者や自治体がどんな意見を出しているかを知ると、ニュースの見え方が変わります。パブリックコメントの募集が出ているときは、意見を送ることもできます。まず1つの海域だけ、確認してみてください。
まとめ
日本の洋上風力は、2030年に10GW、2040年に30〜45GWという案件形成目標を掲げ、再エネ海域利用法という制度の枠組みで動いています。一方で、ラウンド1の3海域では落札価格が11.99〜16.49円/kWhとなりましたが、2025年に大手事業者が撤退を表明しました。目標の大きさと、事業が成り立つ条件のあいだには、まだ調整が必要な部分が残っています。
洋上風力は、単純に良い・悪いと言い切れるテーマではありません。着床式と浮体式の違い、漁業や環境との関係、電気料金への影響など、確認すべき論点は複数あります。数字の前提を確かめながら読むことで、報道の理解は着実に深まります。
制度は見直しが続いているため、最新の情報は公式ページで確認する習慣が役立ちます。身近な海域を1つ調べることが、その第一歩になります。
- 洋上風力の目標は「案件形成」であり、稼働済みの量とは別の数字
- ラウンド1の3海域の落札価格は11.99〜16.49円/kWhで、2025年に撤退が表明された
- 日本は水深の深い海が多く、浮体式への期待が高い
- 漁業・環境・電気料金への影響を、数字の前提と合わせて確認することが大切
参考文献
- 資源エネルギー庁「洋上風力発電の導入促進」(2025年)
- 資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」(2025年)
- 環境省「再生可能エネルギー情報提供システム(REPOS)」(2025年)



