ミティゲーションとは、道路やダム、工場、発電所といった開発・事業が自然環境に与える影響を「緩和する」ための一連の保全措置のことです。ポイントは、自然を壊したあとに別の場所で埋め合わせをすることではなく、影響を「回避する」ことから順番に考えるところにあります。この記事では、ミティゲーションの意味を最初に押さえたうえで、日本の環境影響評価(環境アセスメント)での使われ方、現場の具体例、そして「代償さえすれば大丈夫」という誤解や、ネイチャーポジティブの流れの中での企業の動きまでを見ていきます。
ミティゲーションの意味と生まれた背景
ミティゲーション(mitigation)は、もともと「緩和」「軽減」を意味する英語です。環境分野では、人間の活動が自然環境に与える悪影響を、できるだけ小さくするための措置全体を指します。工事を取りやめる、規模を小さくする、傷んだ場所を元に戻す、別の場所に似た環境をつくるといった、性格の違う対策が一つの枠組みにまとめられている点が特徴です。
もう一つの特徴は、対策に優先順位があることです。この優先順位の考え方は「ミティゲーション・ヒエラルキー(階層)」と呼ばれます。影響を出さないことが最優先で、どうしても出てしまう影響にだけ、順に手当てを重ねていきます。
アメリカの湿地政策から広がった
この考え方は、1970年代のアメリカで、湿地の減少に対応する環境政策の中で発展したとされています。1978年には、米国の環境諮問委員会(CEQ)が環境影響評価の規則の中で、回避、最小化、修正、軽減・除去、代償の5つを緩和措置として整理しました。いまの「5段階」の原型です。
その後、この枠組みはヨーロッパや世界各地の環境影響評価制度、金融機関の環境配慮基準、国際的な自然保護の議論へと広がりました。現在は「回避、最小化、修復、代償(オフセット)」の4つに整理して語られることも多く、段階の数え方は国や機関によって少しずつ違います。
日本では環境アセスメントと一体で使われる
日本では、1997年に環境影響評価法が公布され、1999年に施行されました。大規模な事業を行う事業者は、事前に環境への影響を調べ、予測し、環境保全措置を検討することが求められます。この環境保全措置の考え方がミティゲーションにあたります。
日本の制度や行政の説明では、5段階をまとめて「回避・低減・代償」の3つに整理するのが一般的です。最小化、修正、軽減が「低減」に含まれると考えると、両者の対応関係が分かりやすくなります。
ミティゲーションの5段階|順番に検討するのが原則
ミティゲーションの5つの手法は、バラバラに選ぶものではありません。上から順に検討し、前の段階で防げなかった影響に対して、次の段階の手当てを考えます。ここでは、道路建設で湿地が関係する場面を例に、各段階の中身を見ていきます。
1 回避|行為そのものをやめる、場所を変える
影響を避ける最も確実な方法は、その行為をしないことです。影響の大きい地域を通らないルートに変更する、事業の立地そのものを別の場所に移す、計画を白紙に戻すといった判断が含まれます。希少な生き物の生息地や湿地、藻場のように、壊れると元に戻りにくい場所ほど、回避の優先度は高くなります。
2 最小化|規模や程度を抑えて影響を小さくする
回避できない場合は、事業の規模や工事の範囲、工期を抑えて影響を最小限にします。道路の幅を絞る、自然の改変面積を減らすために山の下をトンネルで通す、工事の時期を動物の繁殖期からずらすといった工夫が代表例です。
3 修正|影響を受けた環境を修復・回復する
工事で傷んだ環境を、工事後に修復・回復させる段階です。切り土や盛り土をした斜面に地域の在来種で緑化する、一度改変した場所を元の地形や植生に近づけて復元するといった対応が挙げられます。ただし、元の生態系の複雑さを短期間で取り戻すのは難しく、回避や最小化の代わりにはならないとされています。
4 軽減|事業の期間中に保護し、影響を和らげる
事業を進めている期間中に、保護や保全の活動を続けて影響を軽減・除去する段階です。工事中に防音壁や防音シートを設ける、濁った水を沈殿させてから放流する、重機の動く時間帯を制限するといった対策です。工事が終われば効果も終わる、いわば「期間を区切った手当て」と考えると、修正との違いがつかみやすくなります。
5 代償|失われる環境の代わりを別の場所につくる
最後の段階が代償です。回避、最小化、修正、軽減をやり尽くしても残る影響について、失われる自然の代わりになる環境を別の場所に用意します。たとえば、埋め立てで失われる湿地と同じ機能をもつビオトープ(生き物の生息空間)を、別の場所に造成するケースです。
代償は、ほかの4つが尽きたあとの「最後の手段」と位置づけられます。移植した植物が定着しなかったり、新しく造った池や緑地が、元の場所の生態系と同じ働きをするまでに長い年月がかかったりするため、成功が保証されていないからです。
日本の環境アセスメントでミティゲーションはどう使われているか
ミティゲーションは、理念だけで終わる話ではありません。日本では、環境影響評価法に基づく手続の中に、考え方が組み込まれています。ここでは手続の流れ、対象の広がり、そして一般の人が関われる場面を整理します。
計画の早い段階から検討する手続の流れ
環境影響評価法に基づく手続は、おおまかに、環境影響の調査・予測・評価の進め方を示す「方法書」、調査結果と環境保全措置を示す「準備書」、それを修正した「評価書」という順で進みます。事業の工事・運用が始まったあとは、報告書で実際の影響や保全措置の効果を確認する仕組みもあります。
2011年の法改正では、事業の位置や規模を決める前の段階で環境配慮を検討する「配慮書」の手続が導入され、2013年に施行されました。立地や規模を比較できる早い時期に検討することで、回避や最小化といった上流の選択肢を残せるようにするねらいです。
対象事業は時代とともに広がっている
対象となるのは、道路、ダム、鉄道、空港、発電所、埋め立て、土地区画整理などの大規模事業です。再生可能エネルギーの拡大に合わせて、風力発電所が対象事業に加わり、太陽光発電所も2020年に対象事業へ追加されました。
再エネは気候変動対策として重要ですが、設置場所によっては森林や湿地、鳥類などへの影響が生じます。気候変動対策であっても、自然への影響は同じ手順で検討される、という点は押さえておきたいところです。
一般の人が意見を述べられる
方法書や準備書の段階では、書類が一定期間(原則1か月)縦覧され、縦覧期間とその後の2週間のあいだ、誰でも環境保全の見地からの意見書を提出できます。国の基本的事項では、まず影響の回避・低減を優先し、それでも残る影響に対して代償措置を検討するという考え方が示されています。意見を出すときも、この優先順位に沿って「回避や低減の検討は十分か」という視点を持つと、論点が伝わりやすくなります。
事例で見るミティゲーション|回避・最小化が働いた現場
5段階の話が抽象的に感じられる場合は、実際の事例に置き換えると理解しやすくなります。ここでは、日本で広く知られている事例のうち、回避・最小化・軽減の考え方がよく表れているものを取り上げます。各事業の詳細な数値は、事業者や自治体の公開資料でご確認ください。
愛知万博の会場計画の見直し
2005年の愛知万博(愛・地球博)では、当初、里山の自然が残る「海上の森」を会場の中心とする計画が検討されていました。自然保護団体などから強い批判があがり、会場計画は見直され、既存の公園を主会場とする形に変わったと報じられました。計画の変更によって自然の改変を大きく減らした事例で、回避と最小化の考え方が計画段階で働いた例として語られています。
山を貫く道路をトンネルで通す選択
東京の高尾山では、圏央道の建設にあたって、山の自然への影響を避けるために地下をトンネルで通す構造が採られました。地表の改変を抑える最小化の例です。住民や自然保護団体の議論を経た経緯があり、トンネル工事自体が地下水や周辺環境に影響しないかというモニタリングも課題とされてきました。トンネルにすれば解決ではなく、工事中の軽減策や事後の確認まで含めて初めて機能する、という点がよく分かる事例です。
動物のための道路づくり
北海道や沖縄の道路では、動物が道路を横断する際の交通事故(ロードキル)を減らすため、動物用の地下通路(アンダーパス)、側溝から脱出できるスロープ、注意喚起の標識などが整備されてきました。これらは、道路を造る前の回避や最小化が難しい場面で、軽減や修正の手当てを組み合わせる典型的な例です。
「代償すれば大丈夫」だけではない|誤解されやすい3つのポイント
ミティゲーションは、言葉だけが一人歩きしやすい考え方でもあります。特に誤解が起きやすい3点を、一つずつ見ていきます。
代償だけがミティゲーションだと思われている
「壊した分は別の場所で自然をつくるから問題ない」という受け止め方は、日本でも根強くあります。しかし、ミティゲーションの中で代償は優先度が最も低い措置です。代償は、回避や低減が尽くされたあとに、なお残る影響へ最後に行うものであって、開発を進めるための免罪符ではありません。
本来、最初に問うのは「この開発は本当に必要か」「別の場所や別の方法ではできないか」です。事業者の説明資料を見るときは、代償の内容より前に、回避や最小化の検討過程が示されているかを確認するのが基本です。
気候変動の「緩和」とは別の話
気候変動の分野でも「ミティゲーション(緩和)」という言葉が使われます。こちらは、温室効果ガスの排出を減らし、吸収源を増やすことで、気候変動そのものを抑える対策を指します。気候変動の影響に備える「適応」と対になる言葉です。
自然環境分野のミティゲーションは、個別の開発が地域の自然に与える影響を和らげる措置であり、対象も目的も違います。ニュースや報告書で「ミティゲーション」と出てきたときは、気候変動の緩和なのか、開発に伴う自然への影響緩和なのかを、文脈で見分けてください。
オフセットは「帳消し」ではない
代償の一種に、生物多様性オフセットがあります。開発で失われる自然の価値を、別の場所での保全や再生で埋め合わせる仕組みです。二酸化炭素の排出量を相殺するカーボンオフセットと似た響きがありますが、生き物の生息地は場所ごとに固有で、数値で簡単には置き換えられません。
そのため国際的にも、オフセットは回避・最小化・修復を十分にやったあとの残りに限って使うものとされています。「オフセットしているから環境に優しい」という宣伝文句を見かけたら、それ以前の段階で何をしたかが説明されているかを確かめることが、グリーンウォッシングを見抜く手がかりになります。
ネイチャーポジティブ時代に広がる企業の動き
開発事業者だけでなく、すべての企業にとって、自然への影響をどう減らすかが経営課題になりつつあります。ミティゲーションの考え方は、環境アセスメントの枠を超えて、企業の自然関連の取り組みの共通の土台になってきました。
国際目標と日本の戦略
2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、2030年までに自然の損失を止めて回復へ向かわせる「ネイチャーポジティブ」の方向性を示しました。日本も、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定し、ネイチャーポジティブの実現を掲げています。
その中で企業には、事業活動が自然に与える影響と依存を把握し、減らしていくことが期待されています。ここでも中心になるのは、まず影響を避け、減らし、そのうえで回復や再生を進めるという順番です。
自然関連の開示と企業の実践
自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の提言は、2023年9月に最終版が公表されました。企業が自然への依存と影響を評価し、開示する枠組みで、ミティゲーションの考え方を発展させた手順が取り入れられています。科学に基づく目標設定の枠組み(SBTN)でも、回避、削減、再生・回復、変革の順で行動を考える「AR³T」というアプローチが示されています。
日本では、民間の取り組みや企業敷地の緑地などを、環境省が「自然共生サイト」として認定する制度が2023年度に始まりました。2025年4月には、企業や自治体などが行う生物多様性を増やす活動を促す法律(地域生物多様性増進法)も施行されています。民間団体による「いきもの共生事業所」の認証のように、事業所の緑地を生き物に配慮して整える仕組みも広がっています。
企業の取り組みを見るときの視点
企業のサステナビリティ報告で自然への取り組みを見るときは、植樹や緑地づくりといった「つくる」話だけで判断しないことをおすすめします。事業や調達の中で、自然の改変を避けたり減らしたりする判断がどれだけ書かれているか、という順番で見ると、ミティゲーションの考え方に沿った取り組みか、見せ方だけが整った取り組みかが見えてきます。
私たちにできること|意見を出す、選ぶ、関わる
ミティゲーションは事業者や行政の話に見えますが、生活者にできることもあります。無理のない範囲で、できるところから関わる方法を3つ紹介します。
地域の開発計画の情報を見てみる
自分の住む地域や、よく訪れる自然の近くで事業が計画されているときは、環境アセスメントの手続の中で書類が公開されます。縦覧期間中に意見書を提出できるので、計画の概要だけでも目を通してみてください。専門知識がなくても、「ほかの場所や別の方法は検討されましたか」という素朴な質問が、回避の検討を促すきっかけになることがあります。
商品やサービスの選び方に反映する
購入する商品の原材料が、森林や海の自然をどのように利用して調達されているかは、企業の開示資料や認証ラベルで確認できます。認証ラベルは目安の一つであり、ラベルがあれば十分というわけではありません。自然への影響を避ける工夫が説明されているかも、あわせて見てみましょう。
身近な自然の保全活動に参加する
公園や里山、河川敷、海岸などで、地域団体が行う清掃、外来種の駆除、植生の手入れに参加することは、修正や軽減にあたる実践に近い活動です。参加することで、そもそも開発が自然にどれほどの影響を与えるのかを、自分の目で確かめる機会にもなります。
まとめ
ミティゲーションとは、開発や事業が自然に与える影響を和らげるための措置の総称で、回避、最小化、修正、軽減、代償の順に検討するのが原則です。日本の制度では、回避・低減・代償の3つで整理され、環境影響評価法に基づく手続の中で検討が求められています。
特に重要なのは、代償が最後の手段であり、免罪符ではないという点です。最初に「この開発は必要か」「別の場所や方法はないか」を問い、それでも残る影響にだけ、順に手当てを重ねていく。その順番を知っていれば、ニュースや企業の説明を読むときの視点が変わります。ネイチャーポジティブが国際目標となった今、この考え方は開発事業者だけのものではなく、企業の自然への向き合い方を見るための共通の物差しになっています。
まずは、気になる地域の開発計画か、よく使う企業の自然関連の取り組みを一つ選び、「回避や最小化はどこまで検討されているか」という目で読んでみてください。
- ミティゲーションは回避、最小化、修正、軽減、代償の順に検討する
- 代償は最後の手段であり、開発を正当化するための免罪符ではない
- 日本の環境影響評価法では、早い段階の検討と住民の意見提出の機会が設けられている
- 気候変動の「緩和」とは対象も目的も異なる別の概念
- 企業の自然関連の取り組みも、回避や削減が先にあるかを見ると評価しやすい
参考文献
- e-Gov法令検索「環境影響評価法」(1997年公布)
- 環境省「環境アセスメント制度」
- 生物多様性条約事務局「Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework」(2022年)
- TNFD「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures」(2023年)

