ネットゼロとは、人の活動で出る温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量や技術による除去量を差し引いて、正味(ネット)でゼロにすることです。日本は2050年までにこの状態をめざしています。定義そのものは一文で足りますが、読み終えたあとに多くの人が気になるのは「いまの日本はどこまで進んだのか」「カーボンニュートラルと何が違うのか」「企業や自分の暮らしは何が変わるのか」ではないでしょうか。この記事では、ネットゼロとは何かをかんたんに押さえたうえで、日本の現在地、企業の動き、誤解されやすいポイント、個人にできることまで順に整理します。
ネットゼロとは|「排出ゼロ」ではなく「正味ゼロ」
排出量から吸収・除去量を引いてゼロにする
「ネット(Net)」には「正味」という意味があります。ネットゼロ(Net Zero)は直訳すると「正味ゼロ」です。工場の煙突や自動車、家庭のエネルギー利用から出る温室効果ガスを、一切出さない状態にするという意味ではありません。出てしまった分を、森林やブルーカーボン(海の生き物による吸収)、大気中の二酸化炭素(CO2)を回収する技術などで同じ量だけ取り除き、差し引きをゼロにするという考え方です。
たとえば、ある年に100トン分の温室効果ガスが出たとして、同じ年に100トン分が吸収・除去されれば、大気への正味の追加はゼロになります。この「差し引く」という点がネットゼロの中心です。
先に減らし、減らしきれない分だけを埋め合わせる
ここで押さえておきたいのは、順番です。ネットゼロは「どれだけ出しても、あとで吸収すれば同じ」という発想ではありません。省エネや再生可能エネルギーへの転換で排出を減らすことが先にあり、どうしても残る分を吸収・除去で埋め合わせる、という二段構えです。
経済活動や生活を止めることはできないため、排出を完全にゼロにするのは現実的ではありません。だからこそ、残る排出を別の方法で取り除いて、全体のバランスを取ります。
なぜ「2050年」なのか
日本は2020年10月に2050年までのカーボンニュートラルをめざすと表明しました。環境省は、2035年度・2040年度の削減目標を「2050年ネット・ゼロの実現に向けた直線的な経路にある野心的な目標」と位置づけています。2050年の姿だけでなく、そこへ至る途中の目標が数字で示されている点が、いまの議論の特徴です。
日本の現在地|排出量はどこまで減ったのか
2035年度60%減・2040年度73%減という目標
日本政府は2025年2月18日、2035年度に60%、2040年度に73%(いずれも2013年度比)の温室効果ガス削減をめざす目標(NDC)を国連気候変動枠組条約事務局へ提出しました。環境省はこれを、世界全体の1.5℃目標と整合的な目標としています。2030年度の46%削減と、2050年のネット・ゼロを結ぶ線の途中に置かれた数字です。
一方で、環境団体などからは、1.5℃目標に照らして十分ではないという指摘も出ています。目標の水準をどう評価するかは立場によって分かれる論点なので、数字そのものとあわせて、評価の違いがあることも知っておくと、ニュースを読むときに役立ちます。
直近の実績は2013年度比で約3割減
環境省の発表によると、2023年度の温室効果ガス排出・吸収量は約10億1,700万トン(CO2換算)で、2013年度比27.1%減、2022年度比4.2%減でした。減った理由として、環境省は、再生可能エネルギーと原子力を合わせた割合が電源構成の3割を超えたことや、製造業の国内生産活動の減少によるエネルギー消費の減少などを挙げています。
2026年4月に公表された2024年度の数字では、排出・吸収量は約9億9,400万トンとなり、2013年度比28.7%減、2023年度比1.9%減でした。10億トンを下回ったのは、現在の算定方法で遡れる2013年度以降で初めてとされています。ただし、前年度の減少幅(4.2%)に比べると、減るペースは小さくなっています。
数字の読み方|「減った理由」まで見る
注意したいのは、排出量が減った理由が「脱炭素の取り組みが進んだから」だけではない点です。環境省自身が、国内の製造業の生産量の減少を要因の一つに挙げています。
また、森林などによる吸収量は、2023年度の約5,370万トンから2024年度は約5,230万トンへと小さくなりました。吸収量はネットゼロの「差し引き」を支える柱ですが、森林の高齢化などもあり、増やし続けられるとは限りません。だからこそ、吸収に頼る前に、排出そのものを減らすことが重視されます。
ネットゼロとカーボンニュートラルの違い|誤解されやすい4つのポイント
日本の公的な説明ではほぼ同じ意味で使われる
ネットゼロとカーボンニュートラルは、日本ではほぼ同じ意味で使われます。どちらも、排出量と吸収・除去量を差し引いて正味ゼロにする状態を指します。解説記事の中には、環境省がカーボンニュートラル、カーボンゼロ、カーボンネットゼロを区別せず、断りがなければ同じ意味で扱っていると紹介しているものもあります。
違いが話題になるのは、主に企業や国際的な基準の場面です。「ネットゼロ」は、基準づくりをする国際的な団体が、より厳密な意味合いで使うことがあります。この記事では、違いは「使われる場面のニュアンス」にあると捉えておくのがわかりやすいでしょう。
誤解① 「排出を減らさなくても、植林すれば大丈夫」
ネットゼロは、削減を飛ばして吸収だけで帳消しにする考え方ではありません。企業のネットゼロ基準も、排出削減を主軸に置き、削減しきれない部分を除去で補う構造になっています。植林や森林保全は大切ですが、いま出している排出の代わりにはなりません。
誤解② 「全体でゼロなら、どこも排出ゼロになる」
ネットゼロは、国や地球全体で見たときの「正味」の話です。個々の工場や家庭が排出ゼロになる必要はありません。逆にいえば、一つの会社が「自社はネットゼロ」と言うときは、どの範囲の排出を数えているのかを確認する必要があります。
誤解③ 「脱炭素」と「ネットゼロ」は同じ言葉」
脱炭素には明確な定義がなく、カーボンニュートラルと同じ意味で使われることも多い言葉です。区別する場合は、脱炭素がCO2の削減に重点を置き、ネットゼロは温室効果ガス全体(メタンなども含む)を対象に正味ゼロをめざす、と説明されることがあります。
誤解④ 「カーボンオフセット=ネットゼロ」
カーボンオフセットは、排出を別の場所の削減や吸収で埋め合わせる「手段」の一つです。ネットゼロは到達すべき「状態」を指します。オフセットを購入したことだけで、ネットゼロを達成したことにはなりません。
企業のネットゼロ|「宣言」と「検証」のあいだ
国際基準SBTiのネットゼロ基準は改訂が進んでいる
企業が「2050年ネットゼロ」と掲げるとき、目標が科学に沿っているかを確認する仕組みの一つが、国際的な枠組みであるSBTi(Science Based Targets initiative)のネットゼロ基準です。SBTiは、この基準を「2050年までにネットゼロをめざす、科学に基づく目標設定の世界初の枠組み」と位置づけています。
この基準は、第2版の改訂が進んでいます。KPMGの解説によると、2025年3月に改訂案が公表され、現行版が目標の野心度に重点を置いていたのに対し、改訂案は削減の進捗の把握や評価、目標達成への説明責任を強める方向に軸足を移しています。その後、2025年11月に第2次草案が公表されたと報じられています。最終版の要件や適用時期は、SBTiの公式情報で確認してください。
日本企業が取り組む3つの共通点
日本企業のネットゼロ目標には、細部は違っても共通する動きがあります。
- 自社の事業所からの排出だけでなく、原材料の調達や製品の使用など、供給網全体の排出を含めて目標を立てる- 目標年を、国の2050年より前倒しにして設定する
- 再生可能エネルギーの調達や省エネ投資など、削減策を先に実行する
たとえば、トヨタ自動車は工場のカーボンニュートラル化を当初の2050年から2035年に前倒しする計画を示したと報じられています。ソニーグループも、長期的な環境ビジョンを掲げて温室効果ガスの排出削減に取り組む企業の一つです。目標の詳細や最新の進捗は、各社の統合報告書・サステナビリティレポートで確認するのが確実です。
国内で動き出す排出量取引制度(GX-ETS)
日本では、2026年度から排出量取引制度(GX-ETS)が本格的に始まっています。2023年度からの第1フェーズは自主参加でしたが、2026年度からの第2フェーズは、一定規模以上の排出事業者の参加が義務になりました。みずほリサーチ&テクノロジーズの解説によると、CO2の年間直接排出量が10万トン以上の事業者が対象で、対象は300〜400社程度、国内排出量の約6割をカバーすると言われています。対象の判定方法など細部は、経済産業省の公表資料で確認する必要があります。
この制度は大企業が中心ですが、取引先の中小企業にも、排出量の算定や削減への協力を求める動きが広がる可能性があります。自社が対象でなくても、取引先からの問い合わせが来たときのために、自社の電気・ガスの使用量を把握しておくことが、現実的な最初の準備になります。
「ネットゼロ宣言」を見るときの3つの質問
企業のネットゼロ宣言に出会ったとき、読み手として確認したいのは次の3点です。
- どの範囲の排出(自社だけか、供給網を含むか)を対象にしているか- 目標年と、途中の中間目標(2030年など)があるか
- 削減と、吸収・除去・オフセットを、それぞれどう位置づけているか
「ネットゼロ」という言葉の有無よりも、この3点が説明されているかどうかが、取り組みの具体性を見分ける手がかりになります。
地域と暮らしで進むネットゼロ|国の運動「デコ活」と脱炭素先行地域
環境省の国民運動「デコ活」
個人の暮らしに近い取り組みとして、環境省が進める国民運動が「デコ活」です。正式名称は「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」で、2050年ネットゼロと2030年度の削減目標に向けて、人々の行動やライフスタイルの転換を後押しします。
公式サイトでは、アクションの頭文字が紹介されています。たとえば、電気も省エネな断熱住宅に住む(住まい)、感謝の心で食べ残しゼロにする(食)、エコグッズを楽しむ、つなぐオフィスでテレワークをする、といった内容です。移動については、スマートムーブやエコカー、エコドライブなどの関連施策が別に案内されています。
地域単位で先行する「脱炭素先行地域」
国は、2050年を待たずに前倒しで脱炭素をめざす地域を「脱炭素先行地域」として選び、支援しています。2025年度までに少なくとも100か所を選定する目標が示されていて、第5回の選定結果が公表された2024年9月時点で、選定された提案は82件でした。最新の累計は、環境省の公式発表で確認してください。
地域の再生可能エネルギーを地元で使う、公共施設や住宅の断熱を進めるなど、取り組みは地域ごとに違います。お住まいの自治体が先行地域に選ばれているか、あるいは独自の脱炭素計画を持っているかを調べると、暮らしと制度のつながりが見えてきます。
住まいの断熱と家電の選び方
個人の行動のなかでも、効果が大きく、長く続くのが住まいの省エネです。窓の断熱を強めたり、新しい家電に買い替えるときに省エネ性能を比べたりすると、毎月の光熱費も下がりやすくなります。
ただし、住まいの改修には費用がかかります。国や自治体には断熱改修や省エネ家電の購入を支援する補助制度が用意されている場合がありますが、内容や受付期間は年度ごとに変わるため、検討するときは自治体の窓口や公式サイトで最新情報を確認してください。
今日からの行動|「全部やる」より「続けやすい1つ」を選ぶ
暮らしの排出は「電気・移動・食」から見る
個人にできる行動は数多くありますが、全部を一度に始める必要はありません。暮らしの排出は大きく「住まいの電気・ガス」「移動」「食」に分けて考えると、自分が手をつけやすい分野が見つかります。
- 住まい:電力会社の再生可能エネルギー由来のメニューを比べる、使っていない部屋の暖房を見直す- 移動:近距離は徒歩・自転車・公共交通を選ぶ、車を買い替えるときに燃費を比べる
- 食:食べ残しを減らす、使い切れる量を買う、旬のものや地元の食材を選ぶ
秋から冬にかけて見直しやすいこと
いまは10月末で、これから暖房を使う季節に入ります。暖房や給湯は家庭のエネルギー使用の中でも割合が大きい分野です。窓にカーテンやシートを足して熱を逃がしにくくする、設定温度を1度見直す、といった小さな工夫から始められます。冬の光熱費の請求が届いたら、前年と比べてみると、変化が数字で見えやすくなります。
完璧さより、続けられる選択を
環境への配慮は、一度に完璧にやろうとすると続かなくなります。すべての行動を変えなくても、続けやすい行動を一つ決めて、数か月続けることが、結果として大きな差になります。「ゼロにする」ことを個人の責任として抱え込む必要はありません。個人の選択と、企業・国の制度が組み合わさって、はじめてネットゼロに近づきます。
まとめ
ネットゼロは、排出量から吸収・除去量を差し引いて正味ゼロにする考え方で、削減が先、吸収・除去は残った分を補う、という順序が大切です。日本は2050年のネットゼロに向けて、2035年度に60%減、2040年度に73%減(いずれも2013年度比)という途中の目標を示しています。2024年度の排出・吸収量は2013年度比で28.7%減まで下がりましたが、減少の背景には国内生産の減少なども含まれ、減るペースにも波があります。
企業の動きでは、国際基準SBTiのネットゼロ基準の改訂が進み、国内では2026年度から排出量取引制度(GX-ETS)が義務化されました。宣言の有無よりも、対象範囲・中間目標・削減と除去の位置づけが説明されているかを見ると、取り組みの具体性を判断しやすくなります。暮らしの側では、デコ活のように、住まい・食・移動などの身近な行動から始められる入り口が用意されています。
まず1つだけ、今日から続けられそうな行動を選んでみてください。
- ネットゼロは「排出ゼロ」ではなく、排出量から吸収・除去量を差し引いた「正味ゼロ」
- 日本は2035年度60%減・2040年度73%減(2013年度比)を2050年ネットゼロへの途中目標としている
- 2024年度の排出・吸収量は2013年度比28.7%減だが、減少の要因と吸収量の動きも合わせて見る必要がある
- 企業のネットゼロ宣言は、対象範囲・中間目標・削減と除去の位置づけの3点で確認する
- 個人は電気・移動・食の中から、続けやすい行動を1つ選ぶことから始められる
参考文献
- 環境省「日本のNDC(国が決定する貢献)」(2025年)
- 環境省「2023年度の温室効果ガス排出・吸収量について」(2025年)
- AFPBB News「24年度の国内温室効果ガス排出量、過去最少に 環境省」(2026年)
- Science Based Targets initiative「Net-Zero」
- KPMGジャパン「SBTネットゼロ基準 Ver.2 改訂案の解説」(2025年)
- みずほリサーチ&テクノロジーズ「2026年から本格稼働する排出量取引制度(GX-ETS)とは?」(2026年)
- 環境省「デコ活 脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」

