2023年度に任意参加でスタートした日本のGX排出量取引制度(GX-ETS)が、2026年度からいよいよ義務参加フェーズへと移行します。温室効果ガスを年間10万トン以上排出する企業に参加が義務付けられ、日本の脱炭素政策は「宣言」から「実施」の段階へと踏み出します。世界情勢が激変するなか、この制度はどのような意義を持ち、どんな課題をはらんでいるのでしょうか。
GX-ETSとは何か|3年間の「準備期間」が終わる
GX-ETS(Green Transformation Emissions Trading Scheme)は、経済産業省が主導するGX推進戦略の中核に位置する制度です。
2023年度、GXリーグの枠組みにおいて日本が排出量取引制度としてGX-ETSをスタートさせました。
この第1フェーズは3年間(2023年度〜2025年度)、企業の任意参加による「ベースライン・クレジット方式」で運営されてきました。
その間、参加企業は自社の排出削減目標を設定し、目標を上回って削減した分をクレジットとして売買できる仕組みを試験的に運用してきました。
そして2026年度(令和8年度)からは、制度の性格が大きく変わります。
2026年度から、二酸化炭素の直接排出量が一定規模以上の事業者に対して、排出量取引制度に参加することが義務付けられます。
2025年5月、国会では直前3事業年度のCO₂直接排出量の年度平均が10万トン以上の企業に対して、2026年度に導入される排出量取引制度への参加を義務付ける改正GX推進法が成立しました。
この制度の下では、対象企業はおよそ300〜400社と見込まれ、対象となる排出量は日本全体の温室効果ガス総排出量の約60%に達すると見込まれています。
炭素市場の規模と仕組み
GX-ETSは2023年度に任意制度として始まり、2026年度には義務的なコンプライアンス制度へと移行します。
制度は段階的に強化される見通しです。
価格の予見可能性を高めるために炭素価格の上限と下限が設けられ、2033年度からは電力セクターの高排出事業者を対象に、無償割り当てからオークション方式へと移行する予定です。
また、政府は2028年度から化石燃料の輸入業者に対して炭素賦課金を課す方針です。
これにより、排出量取引制度と炭素賦課金という2つのカーボンプライシングが組み合わさることになります。
GX推進を支える財源として、
2023年5月に成立したGX推進法に基づき、世界初の国によるトランジション・ボンドとなる「GX経済移行債」が発行されました。2023年度から10年間で官民合わせて150兆円超のGX投資を実現する目標のもと、呼び水として約20兆円の国債が発行されています。
問われる「実効性」|課題と国際評価
制度の本格稼働は画期的な一歩ですが、専門家からは実効性に関する懸念も示されています。
温室効果ガスの排出量は2013年以来の最低水準まで下がってはいるものの、より野心的な政策を実施しなければ、2030年目標を達成できない可能性が高いという見方があります。
炭素価格の水準についても議論があります。
炭素賦課金の水準については確定した情報が限られており、専門家からは実効性が低すぎるとの指摘が出ているという見方があります。
義務的な排出量取引制度が2026年度から実施されること自体は評価されていますが、専門家の間では、炭素価格がIEA(国際エネルギー機関)の推奨水準を大きく下回ると予測されており、制度にはいくつかの欠点がある可能性があるという見方もあります。
また、
日本政府の気候・エネルギー予算において化石燃料向けの支出が一定割合を占めているとの指摘もあります。
一方で、GX推進の枠組みの下で企業側の動きは着実に広がっており、
GXリーグには各社が自社の脱炭素目標を設定し、排出量取引を通じて2030年までに2013年比46%削減、2050年カーボンニュートラルという国家目標の達成を目指す取り組みが進んでいます。
企業はどう備えるか|求められる3つの視点
GX-ETSの義務化に向けて、企業が今から取り組むべきポイントは大きく3つ挙げられます。
排出量の「見える化」と正確な計測
まず求められるのは、自社のCO₂排出量を正確に把握することです。
排出枠の割り当てを受けた事業者は、翌年度に排出量実績の報告と実績と等量の排出枠の保有が義務付けられます。
制度に適切に対応するためには、サプライチェーン全体を含めた排出量の計測・管理体制の整備が欠かせません。
削減投資と「GX志向型住宅」などの活用
家庭部門のCO₂排出量削減を進め、GXの実現に向けて、ZEH基準の水準を大きく上回る省エネ性能を有する「脱炭素志向型住宅(GX志向型住宅)」の導入を支援する補助制度も設けられています。
住宅・建築物の分野をはじめ、省エネ投資に活用できる支援策を積極的に探ることが重要です。
中小企業も含めたバリューチェーン全体での対応
大企業だけでなく、取引先の中小企業も含めたサプライチェーン全体での脱炭素化が今後ますます重要になります。環境省は令和8年度予算においても、
中小企業を含むバリューチェーン全体の脱炭素経営高度化に向けた事業を継続して支援しています。
まとめ|「準備期間」の終わりが意味するもの
GX-ETSの義務化は、日本の脱炭素政策が「目標の表明」から「ルールに基づく実施」へと転換する大きな節目です。制度の実効性や炭素価格水準をめぐる議論は今後も続くと予想されますが、企業にとっては待ちの姿勢では対応が難しくなります。
米国のパリ協定再離脱など世界情勢が激変するなか、国内では排出量取引制度の本格稼働や再エネ拡大のあり方の模索、新技術開発が加速しています。
脱炭素が「コスト」ではなく「競争力」になる時代に向けて、制度の動向を注視しつつ、今できる準備を一歩ずつ進めることが、企業にとっても社会全体にとっても重要なアクションといえるでしょう。

