都市の中心部やその周辺で、最新技術を駆使した新しい農業の形が広がっています。ビルの屋上や地下空間、さらには使われなくなった工場跡地などで、野菜やハーブが育てられているのです。これが「都市型スマート農業」と呼ばれる取り組みです。
従来の農業といえば、広大な田畑で太陽の光を浴びて作物を育てるイメージが強いでしょう。しかし、都市型スマート農業では、AIやセンサー、LED照明などの先端技術を活用することで、限られた都市空間でも効率的に農産物を生産できるようになりました。
日本では農業従事者の高齢化や食料自給率の低下が深刻な問題となっています。都市型スマート農業は、こうした課題の解決策として期待されているのです。また、消費地に近い場所で生産することで、新鮮な野菜を輸送コストをかけずに届けられるという利点もあります。
本記事では、都市型スマート農業の基本的な仕組みから、注目される背景、具体的な技術、メリットや課題まで、わかりやすく解説します。
都市型スマート農業とは何か

都市型スマート農業とは、都市部やその周辺地域において、AI・IoT・センサーなどの先端技術を活用して行われる農業のことです。従来の農業とは異なり、限られた空間を最大限に活用しながら、高い生産性を実現する点が特徴となっています。
都市農業の基本的な定義
都市農業は、農林水産省によって「市街地及びその周辺の地域において行われる農業」と定義されています。東京や大阪といった大都市圏だけでなく、人口が集中する地方都市の市街地も含まれます。
都市農業が持つ役割は、単に農産物を生産するだけではありません。新鮮な地場産野菜の供給、農業体験や交流活動の場の提供、災害時の防災空間の確保、緑地によるやすらぎの提供、環境保全、そして食育や教育の場としての機能など、6つの多様な機能を持っています。
都市部では農地面積が限られているため、一つひとつの農地は小規模です。しかし、温室などの施設を活用して年に複数回の収穫を行うことで、効率的な経営を実現している農家も多く存在します。実際、都市農業を営む経営体の数は全国の農家の約12%を占めており、その農業産出額は全体の約7%に達しています。
スマート農業技術との組み合わせ
スマート農業とは、ロボット技術やICT(情報通信技術)、AI(人工知能)などの先端技術を活用し、省力化や生産物の品質向上を可能にする新しい農業の形です。農林水産省も積極的に導入を推奨しており、日本農業が抱える労働力不足や高齢化といった課題の解決策として期待されています。
都市型スマート農業では、こうした先端技術を都市という特殊な環境に適応させています。具体的には、LED照明による人工光での栽培、センサーによる温度・湿度・二酸化炭素濃度の自動管理、AIを活用した生育予測と収穫時期の最適化などが行われています。
特に注目されているのが植物工場です。植物工場とは、施設内で植物の生育環境を高度に制御し、周年・計画生産を可能にする栽培施設のことです。閉鎖された空間で完全に人工光を使用する「完全人工光型」と、温室で太陽光を基本としながら補助的に人工光を使う「太陽光利用型」の2種類があります。
都市部では土地が限られているため、縦方向に作物を積み重ねて栽培する「垂直農業」も発展しています。これにより、同じ床面積でも従来の100倍以上の収穫量を実現できるケースもあります。都市の空きビルや地下空間、さらには駅近くの商業施設内にも、こうした施設が作られるようになってきました。
都市型スマート農業が注目される背景

都市型スマート農業への関心が高まっている背景には、日本の農業が直面している深刻な課題と、都市特有のニーズがあります。技術の進歩により、これまで不可能だった都市部での効率的な農業生産が現実のものとなってきたのです。
都市部の食料供給の課題
日本の農業従事者数は急速に減少しています。基幹的農業従事者数は2010年から2020年の10年間で、205万人から136万人へと大幅に減少しました。さらに農業従事者の高齢化も進んでおり、平均年齢は60歳を超えています。
一方で、都市部の人口は集中し続けており、食料需要は高い水準を保っています。特に新型コロナウイルスの感染拡大以降、家庭内調理が増えたことで、新鮮な生鮮野菜への需要が大幅に増加しました。サラダなどの健康志向の食品を求める消費者も増えており、1人当たりのサラダ購入金額は10年余りで約1.7倍にまで増加しています。
日本の食料自給率は2023年度で38%と、先進国の中でも低い水準にあります。食料安全保障の観点からも、国内での安定的な食料生産の確保が重要な課題となっています。都市型スマート農業は、消費地に近い場所で効率的に農産物を生産することで、こうした課題への対応策の一つとして期待されているのです。
環境問題と持続可能性への対応
都市部では、ヒートアイランド現象や緑地の不足といった環境問題が深刻化しています。農地は都市に緑の空間を提供し、気温を下げて涼しい空気を作る役割を果たします。また、土壌が雨水を吸収することで、洪水リスクを低減する効果も期待できます。
農産物の輸送には多くのエネルギーが使われ、二酸化炭素も排出されます。遠方から都市部へ野菜を運ぶ従来の流通システムでは、輸送コストと環境負荷の両方が大きな問題となっています。都市型スマート農業により消費地の近くで生産することで、輸送距離を大幅に短縮でき、フードマイレージ(食料の輸送距離)を削減できます。
さらに、植物工場などの施設では、農薬をほとんど使わずに栽培することが可能です。閉鎖された環境で虫や病原菌から隔離して育てるため、化学農薬に頼らない安全な農産物を生産できます。水の使用量も露地栽培と比べて少なく、循環型の水耕栽培システムを採用することで、水資源の有効活用にもつながっています。
都市住民を対象とした調査では、約6割の人が都市農業の多様な役割を評価し、都市農地の保全を求めていることがわかっています。身近に農地がある住民ほど、農地を残していくべきと考える傾向が強く、都市における農業の価値が再認識されてきているのです。
都市型スマート農業の主な技術と形態

都市型スマート農業では、限られた空間を最大限に活用するために、さまざまな技術と栽培形態が開発されています。ここでは代表的な3つの形態について、その仕組みと特徴を見ていきましょう。
植物工場による周年栽培
植物工場は、都市型スマート農業の中核を担う技術です。施設内で温度、湿度、二酸化炭素濃度、光などの生育環境を高度に制御することで、天候や季節に左右されない周年栽培を実現しています。
完全人工光型の植物工場では、LED照明を光源として使用します。LEDは従来の蛍光灯と比べて電気使用量が少なく、植物の生育に必要な光の波長を調整できる利点があります。光合成には赤い光が特に効果的ですが、青い光も植物の正常な成長には欠かせないため、両方を組み合わせて使用します。
閉鎖された環境で栽培するため、虫や病原菌の侵入を防ぐことができ、農薬をほとんど使わずに済みます。また、土を使わない水耕栽培が主流で、養分を含んだ培養液を循環させることで効率的に栄養を供給します。土を使わないことで、栽培環境を清潔に保ちやすく、菌の数が少ないため収穫後の鮮度も長持ちします。
現在、植物工場ではレタスなどの葉物野菜の生産が中心です。種まきから約40日で収穫できる作物であれば、採算性を確保しやすいためです。トマトなどの果菜類の栽培も技術的には可能ですが、栽培期間が長くコストがかかるため、まだ普及段階にあります。
垂直農業とビル型農園
垂直農業は、作物を縦方向に何段にも積み重ねて栽培する手法です。都市部の限られた土地を有効活用できる革新的な方法として、世界中で注目を集めています。
通常の露地栽培と比べて、同じ床面積で100倍以上の収穫量を上げることも可能です。これは、栽培棚を何層にも重ねることで、立体的に空間を利用できるためです。都市の使われなくなった倉庫や工場、地下空間などを活用して、大規模な垂直農業施設が作られています。
ビルの中や地下に設置された植物工場の多くは、ほぼ完全に自動化されています。種まきから収穫、箱詰めまで、ロボットが担当する施設も登場しており、人間は主に機械のメンテナンス作業を行うだけです。こうした自動化により、人件費を抑えながら安定した生産を維持できます。
千葉県柏市や東京都府中市の病院内など、駅や商業施設の近くにも植物工場が設置されるようになってきました。消費者の目に触れる場所で栽培することで、生産過程の透明性が高まり、安心・安全な食品としての信頼を得やすくなっています。
屋上・空きスペースの活用
都市部の遊休スペースを活用した農業も広がっています。ビルの屋上、商業施設の空きスペース、さらには駅の構内など、さまざまな場所で小規模な農園が運営されています。
屋上農園は、ビルの断熱効果を高め、夏場の室温上昇を抑える効果があります。植物の蒸散作用により周辺の温度を下げることができ、ヒートアイランド現象の緩和にも貢献します。また、緑化によって都市景観が向上し、働く人々や住民に癒しの空間を提供する効果もあります。
東京渋谷のような都心部でも、ビルの屋上を利用した農業プロジェクトが実施されています。こうした取り組みは、農産物の生産だけでなく、都市住民が農に触れる機会を提供する場としても機能しています。収穫した野菜をその場でレストランに提供したり、農業体験イベントを開催したりすることで、地域コミュニティの活性化にもつながっています。
空きスペースでの栽培では、プランターやコンテナを使った可搬型の栽培システムも開発されています。これにより、スペースの用途が変わった場合でも、簡単に移動や撤去ができます。IoTセンサーとスマートフォンアプリを連携させ、遠隔地からでも水やりや環境管理ができるシステムも実用化されています。
都市型スマート農業のメリット

都市型スマート農業には、従来の農業にはない多くの利点があります。消費地に近いという立地特性と、先端技術の活用により、さまざまなメリットが生まれています。
新鮮な農産物の地産地消
都市型スマート農業の最大のメリットは、消費地のすぐ近くで農産物を生産できることです。収穫してから消費者の手元に届くまでの時間が短いため、野菜の鮮度を最大限に保つことができます。
通常、野菜は収穫後も呼吸を続け、時間とともに栄養価が低下していきます。しかし、都市部で生産された野菜は、収穫から数時間以内に店頭に並ぶことも可能です。ビタミンなどの栄養素の損失が少なく、味や食感も優れた状態で消費者に届けられます。
輸送距離が短いことで、輸送コストも大幅に削減できます。トラックによる長距離輸送が不要になるため、燃料費や人件費を抑えられ、その分を販売価格に反映させることも可能です。また、輸送に伴う二酸化炭素の排出量も減少し、環境負荷の軽減につながります。
都市住民を対象とした調査では、約6割の人が日常生活の活動範囲内で生産された地場産の農産物を購入したいと考えています。生産者の顔が見える地産地消は、食の安全性への信頼を高め、地域経済の活性化にも貢献します。
省スペースでの高い生産性
都市型スマート農業では、限られた土地面積でも高い生産性を実現できます。植物工場や垂直農業により、単位面積あたりの収穫量を従来の農業と比べて大幅に増やすことが可能です。
完全制御された環境下では、作物の生育に最適な条件を365日維持できます。温度、湿度、光の強さ、養分濃度などを細かく調整することで、作物の成長速度を最大化できます。露地栽培では年に1〜2回しか収穫できない作物でも、植物工場では年に数回の収穫が可能になります。
天候や災害の影響を受けないため、安定した生産計画を立てられることも大きな利点です。台風や長雨、猛暑といった自然災害により収穫量が大きく変動することがありません。スーパーマーケットやレストランなど、安定した供給を求める取引先との契約も結びやすくなります。
また、作業のための移動距離が短く、効率的に作業できることも見逃せません。広大な農地を歩き回る必要がなく、栽培棚が集約されているため、少ない人数でも管理が可能です。高齢者や体力に自信のない人でも働きやすい環境が整っています。
環境負荷の軽減
都市型スマート農業は、持続可能な食料生産システムとしても注目されています。従来の農業と比べて、水の使用量を大幅に削減できることが特徴です。
水耕栽培システムでは、培養液を循環させて使用するため、水の無駄が少なくなります。露地栽培では土壌に浸透したり蒸発したりして失われる水も、閉鎖された環境では回収して再利用できます。一部の植物工場では、従来の農業と比べて水の使用量を90%以上削減できているケースもあります。
農薬の使用量も大幅に削減できます。閉鎖された清潔な環境で栽培するため、害虫や病気のリスクが極めて低く、化学農薬をほとんど使わずに済みます。収穫後の野菜も洗浄の必要が少なく、そのまま食べられるほど清潔な状態で出荷できます。
さらに、都市部に緑地を増やすことで、ヒートアイランド現象の緩和にも貢献します。植物の蒸散作用により周囲の温度を下げる効果があり、都市全体の気温上昇を抑えることができます。屋上緑化された建物では、夏場の冷房費用を削減できるという経済的なメリットもあります。
都市型スマート農業が抱える課題

都市型スマート農業には多くのメリットがある一方で、普及を妨げるいくつかの課題も存在します。これらの課題を理解し、解決策を見出していくことが、今後の発展には欠かせません。
初期投資とコストの問題
都市型スマート農業を始めるには、高額な初期投資が必要です。植物工場の建設には、施設本体だけでなく、LED照明システム、環境制御装置、水耕栽培設備など、さまざまな機器を導入しなければなりません。小規模な施設でも数千万円、大規模な施設では数億円の投資が必要になることもあります。
運営コストも課題の一つです。特に電気代の負担が大きく、LED照明を24時間稼働させる完全人工光型の植物工場では、電力コストが経営を圧迫する要因となっています。技術の進歩によりLEDの消費電力は削減されてきていますが、それでも全体のコストの20%程度を占めています。
こうした高コスト構造のため、多くの植物工場が黒字転換に苦労しているのが実情です。栽培できる作物が限られていることもあり、収益性を確保するのが難しい状況にあります。国や自治体による補助金制度も整備されつつありますが、まだ十分とは言えません。
都市部では土地や建物の賃料も高額です。ビルの屋上や空きスペースを活用する場合でも、賃借料が経営の負担となります。長期的に安定した収益を上げるためには、生産効率のさらなる向上とコスト削減が不可欠です。
栽培できる作物の制限
現在の植物工場で主に栽培されているのは、レタスなどの葉物野菜です。これは、栽培期間が短く回転率が高いため、採算性を確保しやすいからです。種まきから収穫までが約40日程度の作物であれば、ビジネスとして成り立ちやすくなります。
一方、トマトやキュウリといった果菜類、イモ類や穀物などは、栽培期間が長く光の量も多く必要とするため、コストが高くなってしまいます。技術的には栽培可能ですが、経済的な採算が取りにくいのが現状です。イチゴなどの高付加価値作物については研究開発が進められていますが、まだ実用化の段階です。
栽培品目が限られることで、市場での競争力にも制約が生まれます。消費者のニーズは多様化しており、さまざまな野菜を求める声があります。今後、栽培可能な作物の種類を増やしていくことが、都市型スマート農業の普及には重要な課題となっています。
また、技術やノウハウを持つ人材の不足も問題です。従来の農業とは異なる知識やスキルが求められるため、新規参入のハードルが高くなっています。ICT機器の操作、データ分析、環境制御システムの管理など、幅広い知識が必要とされます。
都市型スマート農業の今後の展望

都市型スマート農業は、技術革新と社会のニーズの高まりにより、今後さらなる発展が期待されています。課題を乗り越えながら、持続可能な食料生産システムとして確立していく可能性を秘めています。
LED技術のさらなる進化により、電力コストは今後も削減が進むと予想されます。光の波長を作物ごとに最適化する研究も進んでおり、より効率的な光合成を実現できるようになるでしょう。AIを活用した生育管理システムも高度化し、人手をかけずに最適な栽培環境を維持できるようになっていきます。
栽培可能な作物の種類も広がっていくと考えられます。現在進められているイチゴの実証実験が成功すれば、他の高付加価値作物への展開も期待できます。将来的には大豆などのタンパク源の栽培も視野に入っており、食料安全保障への貢献がさらに大きくなる可能性があります。
都市住民の約7割が都市農地の保全を求めているという調査結果が示すように、社会的な関心も高まっています。2015年に制定された都市農業振興基本法により、都市の農地は「宅地化すべきもの」から「あるべきもの」へと政策が大きく転換しました。行政の支援体制も整いつつあり、今後は補助金制度のさらなる充実も期待されます。
企業の参入も活発化しています。食品関連企業だけでなく、IT企業や建設会社など、異業種からの参入が増えており、新しいビジネスモデルの創出につながっています。大学や研究機関との産学連携も進み、技術開発のスピードが加速しています。
都市型スマート農業は、単なる食料生産の場を超えて、教育や福祉、コミュニティ形成の場としての役割も担っていくでしょう。学校での食育プログラム、高齢者の社会参加の場、障害者の就労支援など、多様な社会的機能を持つ存在として発展していく可能性があります。
気候変動や自然災害が増加する中、天候に左右されない安定した食料生産システムの重要性はますます高まっています。都市型スマート農業は、日本の食料安全保障を支える重要な選択肢の一つとして、今後も成長を続けていくことが期待されます。
参照元
・農林水産省 スマート農業 https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/
・農林水産省 都市農業について https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/t_kuwashiku.html
・農林水産省 都市農業振興基本法とは https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/kihon.html
・農畜産業振興機構 国内の植物工場における近年の動向と最新の技術開発について https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/2111_chosa1.html
・ミツカン水の文化センター 植物工場の可能性 ハイテク技術の農的活用 https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no46/07.html
・千葉県 都市農業の振興 https://www.pref.chiba.lg.jp/annou/toshinougyou/toshinougyou.html

