私たちが日々出すゴミは、ただ燃やして処分するだけの「廃棄物」ではありません。実は、ゴミを燃やす時に発生する熱を電気や温水として活用する「廃棄物エネルギー回収」という技術が、全国の処理施設で導入されています。この技術により、ゴミ処理と同時にエネルギーを生み出し、環境保護と省エネルギーの両方を実現できるのです。
この記事で学べるポイント
- 廃棄物エネルギー回収の基本的な仕組みと従来処理との違い
- 発電や熱利用など具体的な活用方法と成功事例
- 環境保護と経済効果を両立する持続可能な廃棄物処理の将来性
廃棄物エネルギー回収とは何か
廃棄物エネルギー回収とは、ゴミを焼却する際に発生する熱エネルギーを回収して、電気や蒸気などの有用なエネルギーに変換する技術です。従来は大気中に放出されていた焼却熱を有効活用することで、化石燃料に代わる再生可能エネルギーとして利用できます。
この技術は「サーマルリサイクル」とも呼ばれ、廃棄物処理とエネルギー生産を同時に行う画期的なシステムです。日本では年間約4,300万トンの一般廃棄物が発生しており、そのエネルギーポテンシャルは非常に大きいものがあります。
基本的な定義と仕組み
廃棄物エネルギー回収の基本的な仕組みは、火力発電所と似ています。ゴミを焼却炉で燃やすと、約800〜1,000度の高温が発生します。この熱でボイラー内の水を沸騰させて蒸気を作り、その蒸気でタービンを回転させることで電気を発生させます。
発電以外にも、発生した蒸気や温水を直接利用する方法もあります。例えば、焼却施設に併設された温水プールや温浴施設への熱供給、近隣の工場への蒸気供給などが実施されています。
重要なポイントは、廃棄物の処理が主目的であり、エネルギー回収は副次的な効果だということです。つまり、どちらにせよ処理が必要な廃棄物から、追加でエネルギーを得られる一石二鳥のシステムなのです。
従来の廃棄物処理との違い
従来の廃棄物焼却では、ゴミを燃やした後の熱エネルギーはそのまま煙突から大気中に放出されていました。これは資源の無駄遣いであり、せっかくのエネルギーを活用できていませんでした。
廃棄物エネルギー回収システムでは、この放出されていた熱を回収する設備(廃熱ボイラーなど)を追加することで、エネルギーとして有効活用します。設備投資は必要ですが、長期的には電力売却収入や燃料費削減により、経済的なメリットも期待できます。
また、エネルギー回収により化石燃料の使用量を削減できるため、CO2排出量の削減にも貢献します。特に廃棄物に含まれる生物由来の成分(紙、木くず、食品廃棄物など)から発生するCO2は、カーボンニュートラルとして扱われます。
廃棄物エネルギー回収の種類と方法
廃棄物エネルギー回収には、主に「発電」と「熱利用」の2つの方法があります。発電は電気エネルギーとして回収する方法で、熱利用は温水や蒸気として直接活用する方法です。施設の規模や立地条件、周辺の需要に応じて最適な方法が選択されます。
日本国内では、全国約1,100カ所の一般廃棄物焼却施設のうち、約379カ所で発電が行われています。総発電量は年間約96億kWhで、これは約321万世帯の年間電力消費量に相当する規模です。
廃棄物発電の仕組み
廃棄物発電は、ゴミの焼却熱を利用して蒸気を発生させ、蒸気タービンで発電機を回転させる仕組みです。火力発電と基本原理は同じですが、燃料が石炭や石油ではなく廃棄物である点が異なります。
発電効率は施設の規模や技術により異なりますが、国内の一般的な施設では約13〜20%程度です。これは火力発電所の40%程度と比べると低い数値ですが、廃棄物に含まれる塩化水素などの腐食性ガスから設備を保護するため、蒸気温度を400度程度に抑えているためです。
発電した電力は、まず焼却施設自体の運転に使用されます。余剰電力は電力会社に売電したり、近隣の公共施設に供給したりします。近年では、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)により、安定した収入源としても注目されています。
熱利用システム
熱利用システムでは、焼却で発生した熱を蒸気や温水として直接活用します。発電と比べてエネルギー変換の損失が少ないため、より高い効率でエネルギーを利用できる特徴があります。
具体的な活用例として、焼却施設に併設された温水プール、温浴施設、体育館などの冷暖房があります。また、近隣の工場への蒸気供給、農業用ハウスの加温、道路の融雪システムなども実施されています。
特に寒冷地では、冬季の暖房需要が大きいため、熱利用システムの導入効果が高くなります。例えば、秋田県横手市の「クリーンプラザよこて」では、発電と同時にロードヒーティング(道路の凍結防止)にも熱を供給し、地域のインフラ維持に貢献しています。
廃棄物エネルギー回収のメリット
廃棄物エネルギー回収は、環境保護と経済効果の両方を実現できる優れたシステムです。従来は処理コストのみが発生していた廃棄物処理が、エネルギー生産による収益源に変わることで、持続可能な社会の実現に大きく貢献しています。
特に日本のようにエネルギー資源に乏しい国にとって、国内で安定的に確保できるエネルギー源として重要な役割を果たしています。また、廃棄物は継続的に発生するため、太陽光や風力のような天候に左右される再生可能エネルギーと比べて、安定した電力供給が可能です。
環境面でのメリット
最大の環境メリットは、CO2排出量の削減です。廃棄物エネルギー回収により化石燃料の使用量を減らすことで、地球温暖化の抑制に貢献できます。特に廃棄物に含まれる紙や木くず、食品廃棄物などの生物由来成分は、燃焼時に発生するCO2がカーボンニュートラルとして扱われます。
また、埋立処分場の延命効果も重要なメリットです。焼却により廃棄物の体積を約10分の1に減容できるため、限られた埋立地を有効活用できます。日本の埋立処分場の残余年数は約22年と言われており、廃棄物の減量化は喫緊の課題となっています。
さらに、適切な温度管理による完全燃焼により、ダイオキシン類の発生を抑制できます。現代の廃棄物エネルギー回収施設では、燃焼温度を850度以上に保ち、高度な排ガス処理装置を設置することで、環境基準を大幅に下回る清浄な排ガスを実現しています。
経済面でのメリット
廃棄物エネルギー回収施設では、発電した電力の売却により収入を得ることができます。再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)により、一定期間にわたって安定した価格での電力売却が保証されているため、事業計画が立てやすくなっています。
施設運営コストの削減効果も大きなメリットです。発電した電力を施設内で使用することで、電力購入費を削減できます。大規模な焼却施設では、施設全体の電力需要を自家発電で賄い、さらに余剰電力を売電している例も多くあります。
地域経済への波及効果も注目されています。廃棄物エネルギー回収施設の建設・運営により雇用が創出され、売電収入が地域に還元されることで、地域の活性化にもつながります。また、施設に併設された温浴施設や体育館などの公共施設により、住民サービスの向上も図られています。
日本における導入状況と実例
日本の廃棄物エネルギー回収は、1965年の大阪市西淀工場から始まり、現在では全国規模で展開されています。2018年度末時点で379カ所の施設が稼働し、総発電能力は約2,069MW、年間発電量は約96億kWhに達しています。これは原子力発電所約2基分に相当する規模です。
政府は「第四次循環型社会形成推進基本計画」において、2025年までに廃棄物発電能力を600万kW程度まで拡大する目標を設定しており、技術開発と導入促進が継続的に進められています。
全国の導入状況
地域別に見ると、人口密度が高く廃棄物発生量の多い都市部での導入が進んでいます。東京都、大阪府、神奈川県などの大都市圏では、複数の大規模廃棄物エネルギー回収施設が稼働し、地域の電力需要の一部を担っています。
施設規模別では、日処理能力300トン以上の大規模施設ほど廃棄物発電を導入している割合が高くなっています。これは、大規模施設の方が発電効率が良く、経済性を確保しやすいためです。一方、小規模施設では発電ではなく熱利用システムの導入が進んでいます。
技術的な進歩により、発電効率も着実に向上しています。2010年の平均発電効率11.61%から、2018年には13.58%まで改善されており、新設施設では20%を超える高効率施設も増加しています。
具体的な成功事例
北海道苫小牧市の廃プラスチック専焼発電所は、世界初の取り組みとして注目されています。2003年に稼働開始したこの施設では、様々な種類の廃プラスチックを適切に混合することで安定燃焼を実現し、最大27.1%という高い発電効率を達成しています。出力74MWは約24,000世帯の電力消費量に相当します。
神奈川県川崎市では、複数の廃棄物処理施設から近隣工場への蒸気供給プロジェクトが検討されています。「川崎スマートヒートサプライプロジェクト」では、臨海部の製造業への蒸気供給により、工場の省エネルギー化と廃棄物処理施設の収益向上を同時に実現する計画が進められています。
三重県では、県内7カ所のRDF(固形燃料)製造施設で作られた燃料を集約し、大規模発電施設で燃焼する広域処理システムを導入しています。発電効率28%という高効率を実現し、複数自治体の連携による効率的な廃棄物処理のモデルケースとなっています。
廃棄物エネルギー回収の課題と今後の展望
廃棄物エネルギー回収は大きな可能性を秘めた技術ですが、さらなる普及と効率化のためには解決すべき課題もあります。技術的な改良と制度的な支援により、これらの課題を克服することで、より持続可能な社会の実現が期待されています。
日本政府は2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、廃棄物エネルギー回収を重要な施策の一つと位置づけています。技術革新による効率向上と、地域連携による最適化が今後の発展の鍵となります。
現在の課題
最も大きな課題は発電効率の向上です。国内の一般廃棄物焼却施設の発電効率は平均13.58%にとどまり、火力発電所の40%程度と比べて低い水準です。これは廃棄物に含まれる塩化水素などの腐食性ガスにより、蒸気温度を400度程度に抑える必要があるためです。
経済性の確保も重要な課題です。廃棄物エネルギー回収施設の建設には多額の初期投資が必要で、小規模自治体では導入が困難な場合があります。また、電力の出力が廃棄物の質や量により変動するため、安定した売電収入の確保が課題となっています。
熱利用においては、需要と供給のマッチングが課題です。焼却施設と熱需要施設が地理的に離れている場合、熱輸送のためのインフラ整備にコストがかかります。特に工場への蒸気供給では、施設間の距離や需要パターンの調整が必要となります。
技術革新と将来性
技術面では、高温高圧ボイラーの導入により発電効率の向上が図られています。耐食性の優れた材料の開発により、蒸気温度を450度以上に高めることで、発電効率20%以上を実現する施設が増加しています。
AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)技術の活用により、燃焼制御の最適化も進んでいます。廃棄物の性状をリアルタイムで分析し、自動的に燃焼条件を調整することで、安定した高効率運転が可能になります。
今後の展望として、水素製造との連携も注目されています。廃棄物の高温熱を利用した水素製造技術の開発により、電力以外のエネルギーキャリアとしての活用も期待されています。また、バイオマス発電との複合利用や、CO2回収・利用技術との組み合わせにより、さらなる環境効果の向上が見込まれます。
地域レベルでは、複数自治体の広域連携により、効率的な廃棄物処理とエネルギー回収システムの構築が進むと予想されます。韓国の「国家エコ・インダストリアル・パーク計画」のように、工業団地全体でのエネルギー循環システムの導入も有望な方向性です。
まとめ
廃棄物エネルギー回収は、従来は処理コストのかかる「ゴミ」を貴重な「エネルギー資源」に変える画期的な技術です。環境保護と経済効果を両立させ、持続可能な社会の実現に大きく貢献しています。
現在の課題である発電効率の向上や経済性の確保についても、技術革新と制度的支援により着実に改善が進んでいます。AI技術の活用や広域連携の推進により、さらなる発展が期待されます。
私たちが日常的に排出する廃棄物が、実は地域のエネルギー供給を支える重要な資源であることを理解し、適切な分別や減量化に取り組むことが、より効率的な廃棄物エネルギー回収システムの実現につながります。
参照元
・環境省 https://www.env.go.jp/recycle/misc/energy/index.html
・国立環境研究所 環境技術解説 https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=72