「生物多様性と金融」と聞いて、結びつきがピンとこない方は多いと思います。生き物の話と銀行や投資信託の話が、同じ文脈で語られる理由が見えにくいからです。私は企業の非財務開示とESG投資を取材してきましたが、この分野は専門用語が多く、肝心の「自分の暮らしやお金とどうつながるのか」が置き去りにされがちだと感じています。
この記事では、読者が抱きそうな疑問を順に取り上げます。なぜ金融が生物多様性に関わるのか。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは何か。日本の金融機関は実際に何をしているのか。「開示が増えれば自然は守られる」という見方は正しいのか。最後に、今日から試せる行動を1つ示します。
生物多様性と金融はなぜ結びつくのか
「自然の話が、なぜお金の話になるのか」
最初に浮かぶ疑問はここでしょう。理由は、経済活動の多くが自然の恵みに支えられているからです。世界経済フォーラムの報告書は、世界のGDPの半分以上にあたる約44兆米ドルの経済価値が、自然に中程度から高い程度で依存していると指摘しています。
農業や漁業のような一次産業だけの話ではありません。食品、建設、製薬、観光、さらには水や気候の安定に頼る製造業まで含まれます。企業がこうした依存を抱えていれば、その企業に貸し付ける銀行や株式を持つ投資家も、同じリスクを背負うことになります。
具体的な連鎖はこうです。ある地域の水資源が枯渇すると、そこにある工場の操業が止まり、企業の収益が落ちます。融資の返済が危うくなり、株価も下がります。生物多様性の損失は、融資や投資の価値を損なう財務リスクとして扱われるようになりました。
資金はどれだけ足りないのか
「では、自然を守るお金は足りているのか」という疑問も出てきます。2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、世界の資金について2つの数字を示しています。
1つ目はターゲット19です。2030年までに、あらゆる資金源から少なくとも年間2,000億米ドルを生物多様性のために動員するとしています。2つ目はゴールDです。年間7,000億米ドルとされる資金ギャップを徐々に縮小し、資金の流れを枠組みの目標に沿わせるとしています。
この2つは混同されやすいので、区別しておきます。2,000億ドルは「動員する目標額」、7,000億ドルは「埋めるべき不足の規模」です。公的資金だけで埋められる額ではなく、民間の金融の役割が大きいと見られているのはそのためです。
金融機関は枠組みの中でどう位置づけられているか
同じ枠組みのターゲット15は、企業に生物多様性への影響やリスクの把握、評価、開示を求めています。対象として特に挙げられているのは、大企業と多国籍企業、そして金融機関です。事業活動やサプライチェーンに加えて、金融機関にはポートフォリオ全体での対応が奨励されています。
つまり金融機関には、2つの役割があります。自分自身のリスクを管理する役割と、お金を通じて取引先の行動を変える役割です。後者は、融資先や投資先に自然への配慮を促す対話(エンゲージメント)として現れます。
TNFDは金融機関に何を求めているのか
4つの柱とLEAPアプローチ
TNFDは、企業や金融機関が自然との関わりを開示するための国際的な枠組みです。2023年9月に最終提言が公表されました。気候変動のTCFDと同じく、ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、指標と目標の4つの柱で構成されています。
もう一つ押さえたいのが、LEAPアプローチです。次の4段階で自然との接点を評価します。
- Locate(自然との接点がある場所を特定する)
- Evaluate(自然への依存とインパクトを評価する)
- Assess(リスクと機会を分析する)
- Prepare(対応策を決めて報告する)
気候変動はCO2という共通の物差しで測れます。生物多様性は場所ごとに状況が違うため、「どこで」事業をしているかが評価の出発点になります。この点が、TCFDとの大きな違いです。
日本は採用機関数で世界最多
「日本は遅れているのでは」と思うかもしれませんが、TNFD提言を採用すると表明した機関の数では、日本が世界最多です。大和総研のレポートによると、2025年の初めの時点で、世界の500機関超のうち日本は150機関でした。TCFDへの対応で体制づくりが進んでいたことが、背景にあると指摘されています。
ただし、数の多さと中身の充実は別の話です。同じレポートは、ガバナンスやリスク管理は多くの企業が対応している一方、移行計画やシナリオ分析まで踏み込んだ企業は少数だと整理しています。データ不足とロケーション情報の制約が、主な課題とされています。
日本の金融機関と国の動き
国家戦略が示す方向
日本政府は2023年3月31日に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定しました。2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させる、ネイチャーポジティブを掲げています。5つの基本戦略の1つが「ネイチャーポジティブ経済の実現」です。生物多様性に資するESG投融資を進め、企業が依存度や影響を定量的に評価し、目標を設定して開示するよう促す内容です。
環境省は2024年3月に、金融機関向けの開示事例集もまとめました。これから開示を始める金融機関のために、先行事例を整理した資料です。国が「金融機関も開示の当事者だ」と位置づけていることが分かります。
大手金融機関の取り組み
民間の動きも出ています。みずほフィナンシャルグループは2023年11月にTNFD提言の採用者として登録し、融資ポートフォリオの分析やLEAPアプローチの活用を通じて、取引先のネイチャーポジティブへの移行を支援しています。ゆうちょ銀行は2022年9月にTNFDフォーラムに参画し、2025年4月には「自然資本レポート」を発行しました。
自然関連の開示は、一部の先進的な企業の試みではなくなりつつあります。メガバンクや日本郵政グループのような、生活者との接点が大きい機関にも広がっています。
よくある誤解をほどく
「開示が増えれば、自然は回復するのか」
ここは正直に書いておきたい点です。開示は手段であって、自然が回復した結果そのものではありません。SOMPO総研の2026年6月のレポートは、制度の整備は急速に進んだ一方、実際に自然の再生へ流れ込む資金は限られていると整理しています。
同レポートによると、2025年11月の企業調査(334社)では、有価証券報告書に自然関連の記載があった企業は17%にとどまりました。指標や目標の設定・計測の難しさを挙げた企業は54%です。日本の生物多様性関連の民間資金は約4,679億円と推計されていますが、約97%は農家の投資と国際資金が占めるとされています。金融機関が直接組成したグリーンボンドやグリーンローンは、約23億円という推計です。
つまり、「宣言の数」と「お金の動き」の間には、まだ大きな開きがあります。
「投資家は関心がないのでは」
実は、投資家側の関心は企業側より高いという調査があります。SOMPO総研が紹介する生命保険協会の調査(2026年4月)では、生物多様性を主要テーマとする企業が19.6%だったのに対し、投資家は48.5%でした。企業と投資家の認識がずれているため、対話の質を上げることが次の課題になります。
「環境に優しいと書いてあれば安心なのか」
安心できません。根拠のない「環境に優しい」という表現は、グリーンウォッシングの典型です。自然関連の開示でも、「方針を掲げた」だけなのか、「測定し目標を決めて進捗を報告している」のかで、中身は大きく違います。次の章で、その見分け方を示します。
金融機関の自然関連開示を読む3つの視点
ここからは、開示資料を読んできた立場からの整理です。統計ではなく、読み方の提案として受け取ってください。大手金融機関のサイトや統合報告書を読み比べると、次の3点で差が出やすいと感じます。
視点1 場所と業種に触れているか
「自然資本を大切にします」という一般論だけでなく、「どの地域の」「どの業種の」融資が自然に影響しやすいかに触れているかを見ます。LEAPの出発点は場所の特定なので、ここが具体的な開示は分析が進んでいる可能性が高いといえます。
視点2 数字や目標があるか
融資先との対話の件数、自然関連リスクを分析した融資残高の割合、設定した目標などが書かれているかを見ます。数字がない開示がすべて悪いわけではありません。ただ、数字を出す難しさは企業側も認めている部分なので、「測定中」と正直に書いている開示は、むしろ信頼できる場合があります。
視点3 限界や課題を書いているか
データが足りない点や、今後の改善予定を明記しているかを確認します。成果だけを並べた資料より、課題まで書いた資料のほうが、実態に近いことが多いと感じます。
今日から試せる1アクション
ここまで読んで、「個人には関係の遠い話だ」と感じた方もいるでしょう。それでも、お金の預け先や投資先は自分で選べます。そこで、最初の一歩を1つだけ提案します。
自分が口座を持つ銀行、または保有している投資信託の運用会社について、公式サイトで「生物多様性」または「自然資本」と検索してください。TNFD提言に沿った報告書があるか、方針が公開されているかを確認するだけで構いません。
見つかったら、先ほどの3つの視点のうち1つだけ当てはめてみてください。たとえば「場所や業種に触れているか」です。見つからなければ、それも1つの情報です。資料が見当たらないからといって、取り組みがないと断定はできません。ただ、問い合わせフォームで「自然関連の方針はありますか」と尋ねることはできます。個人の問い合わせは小さな声ですが、金融機関が顧客の関心を知る手がかりの1つになります。
まとめ
生物多様性と金融が結びつくのは、経済の大きな部分が自然に依存しているためです。自然の損失は、企業の収益や融資の返済、投資の価値に響く財務リスクになります。そのため国際的な枠組みは金融機関にも開示と対応を求めており、日本はTNFDの採用機関数で世界最多を占めています。
一方で、開示の「数」と自然への「資金の流れ」の間には、まだ開きがあります。有価証券報告書での記載率や、金融機関が直接組成した資金の規模は、制度の整備に追いついていません。大切なのは、開示を鵜呑みにせず、場所、数字、限界の3点で中身を見る姿勢です。
私たち個人にできることは小さく見えますが、預け先や投資先の方針を確認し、必要なら尋ねることは今日からできます。まず1つだけ、自分の取引先の公式サイトで「生物多様性」と検索してみてください。
- 世界GDPの半分以上が自然に依存しており、生物多様性の損失は金融リスクでもある
- 昆明・モントリオール枠組は、金融機関を含む大企業に影響とリスクの開示を奨励している
- 日本はTNFD採用機関数で世界最多だが、開示の質と資金の動きにはまだ課題がある
- 金融機関の開示は「場所と業種」「数字や目標」「限界の記載」の3点で読む
- まず自分の取引先の公式サイトで、自然関連の方針を検索してみる
参考文献
- 世界経済フォーラム「Half of World’s GDP Moderately or Highly Dependent on Nature, Says New Report」(2020年)
- 環境省 ネイチャーポジティブ経営推進プラットフォーム「昆明・モントリオール生物多様性枠組について」
- 大和総研「TNFD提言に基づく情報開示の現状と課題」(2025年)
- SOMPO総研「ネイチャーファイナンスの胎動② 日本の現在地と自然・生物多様性の定量的評価実務」(2026年)
- 環境省「生物多様性・自然資本に関する金融機関の開示事例」(2024年)

