「日本は国土の3分の2が森なのだから、森林ESGは日本企業に有利なはず」と考える方は多いと思います。一方で、企業の統合報告書を開くと「森林由来クレジットを購入」「TNFDに沿って開示」「FSC認証を取得」と似た言葉が並び、どれが何を意味するのか分かりにくいという声も聞こえてきます。
結論から言うと、日本の森林は気候と自然の両面で大きな資産です。ただし「森林を持っている」「クレジットを買った」だけでESGの評価が決まるわけではありません。この記事では、国の公開資料と企業の公式発表をもとに、日本の森林ESGで確認すべき数字と制度を整理します。最後に、今日から試せる確認方法も1つ紹介します。
日本の森林は、ESGの文脈でどれほど大きな存在なのか
「森が多いのは知っているけれど、数字で言うとどれくらいなのか」と疑問に思う方もいるはずです。まず規模を押さえておくと、企業の開示を読むときの物差しになります。
国土の3分の2が森林という事実
林野庁の「森林資源の現況」によると、日本の森林面積は約2,505万ha(2022年3月末時点)です。国土面積約3,780万haの約3分の2にあたります。この割合は70年以上ほぼ変わっていないとされ、先進国のなかでも高い水準です。
ただし、森林が多いことと、投資や開示の対象として整っていることは別の話です。所有者が細かく分かれていること、管理が行き届かない森があることなど、日本の森林には固有の事情があります。これが後述するクレジットや認証の話につながります。
吸収量5,370万トンをどう読むか
環境省が2025年4月に公表した2023年度の温室効果ガス排出・吸収量では、森林などの吸収源対策による吸収量は約5,370万t-CO2で、そのうち約8割を森林が占めるとされています。総排出量は約10億7,100万t-CO2なので、単純に比べると吸収量は総排出量の約5%です。この比率は筆者の計算によるものです。
つまり「森が全部の排出を帳消しにしてくれる」という理解は誤解です。森林は大切な吸収源ですが、排出削減の代わりにはなりません。この前提を外すと、後で触れるクレジットの読み方を誤ります。
人工林の高齢化という見落としがちな論点
「森は放っておいても吸収し続ける」と思われがちですが、実際は違います。林野庁の資料では、人工林の高齢級化に伴い、森林吸収量は減少傾向にあると説明されています。若い木ほどよく成長してCO2を吸収するためです。
2030年度の森林吸収量の目標は約3,800万t-CO2(2013年度総排出量の2.7%)です。達成には、利用期を迎えた木を「伐って、使って、植える」循環の確立や、エリートツリー等を使った再造林が必要だとされています。森林ESGでは、森を「守る」だけでなく「適切に循環させる」ことが評価の軸になります。
森林由来J-クレジットは、森林ESGの答えになるのか
「クレジットを買えば森林ESGに取り組んだことになるのでは」と考える方もいるでしょう。J-クレジット制度は2013年度に始まった国内の制度で、省エネや再エネの導入に加え、森林管理による吸収量も認証の対象です。ここでは、制度の中身と読み解きの注意点を見ていきます。
対象になる森林、ならない森林
森林由来のJ-クレジットには、森林経営活動や植林活動によるCO2吸収、木質バイオマスによる化石燃料の代替などの方法論があります。重要なのは、適切に管理し、モニタリングしたうえで吸収量が認証されるという点です。人の手が入らず放置された森林や原生林は、対象外とされています。
意外に思われるかもしれませんが、守られている森がそのままクレジットになるわけではありません。適切な管理の記録を残し続ける手間と費用がかかるため、森林所有者の側にも負担があります。
国内の取り組みはどう動いているか
企業の事例としては、北海道ガスが南富良野町との包括連携協定のもと、かなやま湖に隣接する森林142.82haを取得し、J-クレジットを創出して自社のカーボンニュートラルに活用している例があります。延岡市は旭化成と共同で、森林由来J-クレジットの創出・販売・活用を進める協議会を設置しています。
どちらも、地域の森林管理と企業の脱炭素を結びつける形です。ESGの観点では、「どこの森を、誰が、どう管理しているか」まで説明されているかどうかが、評価の分かれ目になります。
「クレジットを買った=排出が減った」ではない
よくある誤解として、クレジットの購入を自社の排出削減そのものと同一視する見方があります。しかし、クレジットはあくまで他の場所での削減・吸収を自社の取り組みに充てる仕組みで、自社の排出量そのものが減ったことを意味しません。開示を読むときは、自社の排出削減の実績と、クレジットの利用量が分けて書かれているかを確認してください。
分けて書かれていない場合は、断定せず「どちらの数字なのか分からない」と受け止めるのが誠実な読み方です。根拠のない「環境に優しい」という表現を避けるうえでも、この切り分けが役に立ちます。
日本の森林と、海外の森林ファンドは何が違うのか
「日本企業が森林に投資している」と聞くと、国内の森を想像しがちです。ところが、実際には投資先の森が海外にある例も大きな存在感を持っています。この違いを知らないと、開示の読み違いにつながります。
日本企業10社が出資した森林ファンドの場合
住友林業は2023年7月10日、日本企業10社と森林ファンド「Eastwood Climate Smart Forestry Fund I」を組成すると発表しました。規模は約600億円(約415百万USD)で、出資したのは住友林業、ENEOS、大阪ガス、東京センチュリー、日本郵政、日本郵船、芙蓉総合リース、三井住友銀行、三井住友信託銀行、ユニ・チャームです。
目的は、年平均約100万t-CO2の吸収を新たに生み出し、質の高いカーボンクレジットを創出することです。生物多様性の維持や水資源の保全にもつなげるとしています。注目したいのは、2027年までに北米を中心に約13万haの森林を購入・管理する計画だという点です。日本の資金でも、森林そのものは主に海外にあります。
国内の社有林と認証をどう位置づけるか
国内では、住友林業が約4.8万haの社有林を所有し、SGEC(緑の循環認証会議)の森林認証を取得して管理していると公表しています。SGECは2003年に設立された日本独自の認証制度で、2016年にPEFCとの相互認証が認められました。
もっとも、日本の認証森林は全体の1割程度にとどまります。林野庁の資料では、2022年12月時点でFSC認証が約42万ha、SGEC認証が約221万haで、欧州の国々に比べると低い水準です。認証の有無は、国内の森林管理の質を読む手がかりになります。
TNFDとEUDRは、日本企業の森林対応をどう変えるのか
「TNFDもEUDRも名前は聞くけれど、結局なにが違うのか」という疑問は、開示の実務でもよく出ます。どちらも森林に関わりますが、性質が異なります。
TNFDは、自然との関係を開示する枠組み
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、2023年9月に最終提言を公表しました。企業に対し、サプライチェーンを含む事業活動が自然に与える影響と、自然への依存を開示するよう求めています。TNFDに沿った早期開示を表明した企業は、日本企業が世界で最多の80社と報じられています。
森林に関しては、林野庁が2024年12月に「森林に関するTNFD情報開示の手引き」を策定しました。LEAPアプローチに沿った分析方法や開示指標を示し、木材利用や森林整備に取り組む先行企業の開示事例集も公開されています。TNFDは自主的な枠組みですが、森林を扱う企業にとって、日本語で参照できる実務資料があることは大きな助けになります。
EUDRは、EUに製品を出す企業への規制
EUDR(欧州森林破壊防止規則)は、森林破壊に由来しない製品だけをEU市場に出すことを求める規則です。対象は木材、アブラヤシ、大豆、牛、コーヒー、カカオ、天然ゴムの7品目と、それらを原料とする派生製品で、基準日は2020年12月31日です。この日以降に森林が伐採された土地で生産されたものは規制の対象になります。
適用開始日は再度延期され、中・大規模事業者は2026年12月30日、小規模・零細事業者は2027年6月30日からとなりました。日本は2025年5月22日の実施規則で「低リスク国」に分類されています。また、下流事業者や取引業者に課されていたデューディリジェンス・ステートメント(DDS)の提出義務は廃止され、責任は製品を最初にEU市場に投入する事業者に集約される形になりました。
国産材の扱いが軽くなる一方で、EUへ輸出する製品や、輸入原料を使う製品を扱う企業には、依然として確認作業が必要です。
開示資料を読むときに混同しやすい3つのポイント
ここまでの内容をふまえ、企業の森林関連の開示を読むときに混ざりやすい点を、3つに整理します。公開されている資料を読み比べたうえでの整理であり、特定の調査結果ではありません。
気候の話と自然の話は、別の物差しで測る
CO2吸収量やクレジットは気候の指標、TNFDや認証は自然・生物多様性や管理の質の指標です。吸収量が増えても、単一樹種の人工林ばかりなら、自然への配慮は十分とは言えない場合があります。両方の指標が揃っているかを見てください。
国内の森と海外の森を、同じ「森林」として読まない
先ほど見たように、森林面積の数字が国内なのか海外なのかで、地域への波及効果や適用される制度が変わります。面積の数字を見たら、必ず所在地を確認してください。
取得・購入の「量」と、管理の「質」は別物
森林を取得した面積や、クレジットを購入した量は分かりやすい数字です。しかし、その森が今後どう管理され、吸収量がどう推移するのかは別の話です。人工林の高齢化を踏まえ、再造林や伐採後の更新まで触れているかどうかが、数字の裏づけになります。
読者が今日から試せる1つの行動
ここまで読んで「自分には関係ない話では」と感じた方もいるかもしれません。ただ、勤務先、取引先、投資信託の組み入れ上位企業のどれかを1社選ぶだけで、できる確認があります。
統合報告書で「森林」を検索する
その企業の統合報告書かサステナビリティレポートのPDFを開き、「森林」「TNFD」「FSC」「SGEC」「J-クレジット」で検索します。1社で10分ほどの作業です。
3つだけ確認する
ヒットした箇所で、次の3点を見てください。
- 森林の所在地(国内か海外か)と面積が書かれているか
- 認証の有無と、認証を受けた面積の割合が書かれているか
- クレジットを使っている場合、自社の排出削減の実績と分けて記載されているか
書かれていないからといって、その企業が何もしていないとは限りません。開示されていないだけの可能性もあります。ただ、読者として「何が分かって、何が分からないか」を区別できるようになるだけで、ESGの情報の読み方は確実に変わります。まず1社だけ、試してみてください。
まとめ
日本の森林は約2,502万haと国土の約3分の2を占め、2023年度には約5,370万t-CO2を吸収しました。ただし総排出量の約5%にとどまるため、排出削減の代わりにはなりません。人工林の高齢化で吸収量は減少傾向にあり、「伐って、使って、植える」循環と再造林が、2030年度の約3,800万t-CO2という目標に向けた課題とされています。
森林由来J-クレジットは、適切に管理された森林が対象です。放置林や原生林は対象外で、クレジットの購入は自社の排出削減とは別に読む必要があります。また、日本企業の森林投資には、北米を中心とした海外のファンドも含まれます。国内か海外かで、地域への波及効果や関わる制度が変わります。
TNFDは自然との関係を開示する枠組み、EUDRはEUに製品を出す企業への規制と、性質が異なります。開示を読むときは、気候と自然の物差しを分け、所在地を確認し、取得量ではなく管理の質まで見ることが役に立ちます。
- 森林吸収量は総排出量の約5%で、排出削減の代わりにはならない
- 森林由来J-クレジットは、適切に管理された森林が対象で、放置林は対象外
- 国内の森林と海外の森林ファンドは、所在地と制度が異なる
- TNFDは開示の枠組み、EUDRはEU市場向けの規制で、性質が違う
- 企業の開示は、所在地・認証・クレジットの扱いの3点で確認できる
参考文献
- 環境省「2023年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量について」(2025年)
- 林野庁「『森林資源の現況』について」(2023年)
- 林野庁「地球温暖化対策計画等の改定について」(2021年)
- 林野庁「森林と生物多様性」(森林に関するTNFD情報開示の手引き掲載ページ)
- 住友林業「日本企業10社 住友林業グループ組成の森林ファンドへ共同出資」(2023年)
- JETRO「EU、森林破壊デューディリジェンス規則の大幅簡素化と再度の適用延期で合意」(2025年)

