オフィスや学校、病院といった建物は、私たちが思う以上に多くのエネルギーを消費しています。空調、照明、給湯——毎日稼働し続けるこれらの設備が積み上げるCO₂排出量は、日本全体の温室効果ガスの中でも無視できない割合を占めています。その建物のエネルギー収支をゼロにしようという取り組みが「ZEB(ゼロエネルギービル)」です。2026年は、ZEBが特定の先進企業だけの話から、すべての建物を対象にした「標準」へと移行し始める、大きな転換点の年となっています。
ZEBとは何か|「省エネ」と「創エネ」の掛け合わせ
ZEB(ゼブ)とは、Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費するエネルギーをゼロにすることを目指した建物のことです。
重要なのは「室内環境を犠牲にしない」という点です。冷暖房を我慢したり、照明を落としたりしてエネルギーを減らすのではなく、技術によってエネルギー消費そのものを構造的に小さくし、さらに建物内で電力を生み出すことで収支をゼロにするという考え方です。
ZEBの基本的な考え方は、「省エネ」と「創エネ」の組み合わせによって、建築物全体のエネルギー収支をゼロにすることにあります。省エネの面では、高断熱化、日射遮蔽、自然採光・自然通風の活用といった「パッシブ技術」と、高効率な空調・換気・照明・給湯設備などの「アクティブ技術」を組み合わせてエネルギー消費量を削減し、創エネの面では太陽光発電などの再生可能エネルギーを導入して建築物内で消費されるエネルギーを賄います。
実際には取り組みのレベルに応じて、「ZEB Oriented」「ZEB Ready」「Nearly ZEB」「ZEB(★)」という4段階の認定区分が設けられています。完全なエネルギー収支ゼロを目指す「ZEB(★)」が最高位ですが、大規模ビルなど条件によっては段階的な達成が現実的として、それぞれの基準に応じた補助金制度も整備されています。
2026年、義務化の波が建築業界を変える
ZEBが特に注目される背景には、法規制の強化があります。
2025年2月18日に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」においても、引き続き2050年ストック平均でのZEB基準の水準の省エネルギー性能の確保に向けた施策の方向性が示されています。また、2025年4月から全ての新築建築物(住宅・非住宅)において省エネ基準への適合が義務化されました。
これは建築業界にとって大きな転換です。これまで「任意の高みを目指す取り組み」だったZEB的な発想が、義務ラインの上に積み上げる目標として明確に位置づけられたことになります。
デベロッパーや投資家においては、ZEB対応の有無がESG評価やリーシング速度に直接影響するため、ZEBは”選択的な付加価値”ではなく”競争力を左右する前提条件”になりつつあります。
環境省も積極的な支援姿勢を示しています。
令和7年度補正予算では、新築建築物のZEB普及促進支援事業や既存建築物のZEB化普及促進支援事業が組まれ、ライフサイクルカーボン削減型の先導的な新築ZEB支援事業なども整備されています。
市場規模は2035年度に約8.9兆円へ
ZEB市場の拡大も急速です。
矢野経済研究所が2025年10月16日に発表した調査によると、ZEBの国内市場規模(建築物用途「工場・作業場」「倉庫」を除くZEB建築物の工事費ベース)は2024年度が約1.2兆円、2035年度には約8.9兆円に達すると予測されています。
義務化の進展、補助制度の充実、ESG投資の拡大——これら複数の要因が重なり合い、ZEB市場は大きく膨らむ見通しです。
普及の現在地|公共建築物の「教育施設」に遅れ
一方で、現時点での普及状況には課題もあります。環境省が2025年12月に開催したZEBセミナーの資料によると、令和6年度単年で公共ZEBは214件(延べ床面積109.8万㎡)が追加されました。一方で、公共建築物の延べ面積の4割を占める教育施設のZEB普及率は0.2%にとどまっています。
地方自治体の公共建築物について建物用途ごとのZEB普及状況をみると、事務所(5.2%)や医療施設(3.9%)は民間のZEB普及割合を超えている一方、公共建築物の延べ面積の約4割を占める「教育施設」や5割以上を占める「その他(公民館、公会堂、体育施設など)」は普及が限定的な状況です。
学校や公民館といった施設は地域コミュニティの中核ですが、ZEB化が進んでいない現実があります。コスト負担、設計ノウハウの不足、改修の機会が限られることなど、複数の要因が障壁とされています。
既存ビルのZEB化が次の焦点に
新築だけでなく、すでに存在するビルをZEB化する「リノベーション」も大きな課題です。
環境省のZEB PORTALでは、2026年1月から2月にかけて「脱炭素ビルリノベ事業」に関するセミナーや現地見学会が相次いで開催されており、ランニングコスト削減とウェルビーイングの両立を訴求した既存建物の省エネ改修支援が進められています。
既存ビルのZEB化では、当初の設備更新予算が2倍以上になるケースもある一方で、光熱費の大幅削減、入居率の改善、新規契約の賃料アップにつながる事例も報告されており、長期的な事業価値とのバランスをどう判断するかが鍵となっています。
ZEBがもたらすもの|光熱費削減からウェルビーイングまで
ZEBのメリットは環境面だけではありません。
環境省によれば、ZEBは高効率設備や再生可能エネルギーの導入によりCO₂排出量を削減するだけでなく、光熱費の削減や有事における事業継続性の向上など、さまざまなメリットが期待されています。
さらに近年は「ウェルビーイング」との関連も注目されています。高断熱・高気密な空間は室温のムラが少なく、快適で健康的な環境を保ちやすいとされ、ZEBや再生可能エネルギーの活用は脱炭素経営の発信として企業評価向上やESG投資促進につながるほか、従業員の快適性向上や人材確保にも貢献するという見方が広がっています。
まとめ|「建物の脱炭素」は建物内で働く人の問題でもある
ZEBは決して建築や不動産業界だけの課題ではありません。オフィスで働く人、子どもが通う学校、地域の人が集う公民館——私たちが日常的に使う建物が、どれだけエネルギーを消費しているかを見直すことは、脱炭素社会への確かな一歩です。
2030年に向けてZEB基準の水準が新築の「標準」となっていく中、行政・企業・建築の専門家が連携し、特に教育施設など普及の遅れる分野での取り組みを加速させることが求められています。私たちひとりひとりにできることとしては、自分が関わる建物や職場の省エネ・脱炭素の取り組みに関心を持ち、ZEBに取り組む施設や企業を積極的に選ぶという行動も、市場を動かす力になるでしょう。

