環境マイクロプラスチックとは、環境省が「5mm未満の微細なプラスチックごみ」と呼ぶもので、海や川、土、空気の中にまで広がっています。製品として最初から小さく作られたもの(一次)と、大きなプラスチックが劣化して砕けたもの(二次)に分かれます。ただ、定義を知っただけでは、日本ではどこから出ているのか、体への影響はどこまで分かっているのか、自分は何を変えればよいのかが見えてきません。この記事では、その「次の疑問」に順に答えます。
日本の海で何が起きているのか
環境マイクロプラスチックの話では「日本周辺は世界平均の27倍」という数字がよく引かれます。この数字がどこから来たのか、現在も当てはまるのかを先に確認しておきます。
「27倍」という数字の出どころ
27倍は、九州大学の磯部篤彦教授らが2015年に学術誌 Marine Pollution Bulletin で報告した調査結果を指します。日本周辺海域のマイクロプラスチックの浮遊密度が、世界の海の平均を大きく上回っていたというものです。日本が特に汚染源なのか、海流の影響で集まりやすい海域なのかは、この数字だけでは決まりません。
古いデータだと知ったうえで使う
この調査は10年以上前のもので、現在の濃度をそのまま示すものではありません。それでも、日本が周辺海域の問題を自分ごととして考える理由として、今も繰り返し紹介されています。数字を引用するときは、調査年とあわせて紹介すると誤解が少なくなります。
一度流出すると回収が難しい
環境省は、マイクロプラスチックは一度環境中に流出すると回収が困難だと説明しています。そのため、陸上での発生抑制、流出防止、代替素材の開発が対策の柱です。海に出てから拾う発想より、出さない発想のほうが現実的だということです。
発生源の意外な顔ぶれ 洗濯・タイヤ・人工芝
マイクロプラスチックというと、洗顔料のスクラブやペットボトルの破片を思い浮かべる方が多いかもしれません。環境省が分野別の対策を示しているのは、衣料品、人工芝、タイヤ・路面の摩耗です。
洗濯で出る合成繊維の糸くず
ポリエステルやナイロンなどの衣類を洗うと、目に見えない繊維が少しずつ抜けて排水に流れます。国際自然保護連合(IUCN)が2017年に公表した報告は、海に流れ込む一次マイクロプラスチックのうち、合成繊維の洗濯由来が約35%、タイヤの摩耗が約28%を占めると推計しました。2017年の推計であり不確実性は大きいものの、日常の洗濯が発生源の最上位に挙がる点は、家庭で行動を変えられる根拠になります。
走るたびに出るタイヤの摩耗粉
タイヤは路面とこすれて、走行のたびに微細な粒子を出します。この粒子は雨で排水溝から川へ流れ、最終的に海に届きます。IUCNの同じ報告では、海に流出するプラスチックのうち15〜31%が一次マイクロプラスチックになりうると推計されました。そのうち約3分の2が、衣類の洗濯とタイヤ摩耗に由来します。個人の努力だけでは減らしにくい領域で、メーカーの技術開発や道路排水の管理が重要になります。
人工芝や農業資材という見えにくい発生源
スポーツ施設の人工芝は、使うほどに摩耗して破片が出ます。環境省は施設管理者向けに、流出を抑えるためのガイドを公開しています。肥料を覆うプラスチックのカプセルも発生源のひとつです。これらは「使う人」と「管理する人」が別なので、消費者が気づきにくい点が共通しています。
健康への影響はどこまで分かっているのか
不安をあおる見出しが多い分野なので、分かっていることと分かっていないことを切り分けて整理します。
生き物への影響は摂食の段階から報告されている
プランクトンと間違えて食べてしまうことで、消化管の詰まりや摂食行動の変化が実験で確認されています。さらに、海水中の有害化学物質がプラスチックの表面に吸着しやすいことも、懸念材料です。ただし、自然の海で食物連鎖全体にどこまで影響するかは、研究が続いている段階です。
人の脳から検出されたという研究と、その批判
2025年に Nature Medicine に載った米国の研究(Nihart氏ら)は、亡くなった方の脳・肝臓・腎臓の組織を分析し、脳では肝臓や腎臓の7〜30倍の濃度でマイクロ・ナノプラスチックが検出されたと報告しました。2016年と2024年の試料を比べると、脳の濃度は約50%高く、認知症と診断された方の脳でも蓄積が多かったとされます。ただし、論文自体が「原因と結果の関係は示していない」としています。
公表後には、複数の研究者が分析手法の限界を指摘しました。脳は脂質を多く含むため、熱分解して測る方法ではポリエチレンと紛らわしい信号が出て、過大評価になりうるという指摘です(PlasticsToday, 2026年1月)。汚染対策の検証が十分でないという批判もあります。
現時点で言えること
人体への影響は、「検出される」ことまでは複数の研究で示されているものの、「病気を引き起こす」ところまでは確認されていません。測定方法の信頼性そのものが議論の最中です。そのため、不確かさを前提に、発生と流出を減らす予防的な対応が重視されています。ナノサイズまで含めた体への影響の研究動向は、こちらの記事でも詳しく整理しています。
国際ルールと日本の立ち位置
発生源が国境を越える以上、個人や企業の努力だけでは足りません。ルールづくりが今どこまで進んでいるのかを見ておきます。
日本が掲げてきた目標
2019年のG20大阪サミットで、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が共有されました。2023年のG7広島サミットでは、目標が2040年までに前倒しされています。環境省は、衣料品・人工芝・タイヤの分野で関係者を集めた「マイクロプラスチック・スマート懇話会」を開き、発生抑制策を進めています。
プラスチック条約交渉は足踏みが続く
法的拘束力のある国際条約をつくる交渉は、2025年8月のジュネーブ会合(INC5.2)でも合意に至らず、いったん中断しました。生産量そのものの規制を求める多くの国と、廃棄物管理やリサイクルに絞りたい産油・産ガス国とが対立したためです。2026年2月7日の再開会合(INC5.3)は、前議長の辞任に伴う新議長(チリのフリオ・コルダノ氏)の選出など事務的な議題に限られ、実質的な交渉は行われませんでした。環境省の結果概要の時点では、次の再開会合の日程は調整中とされています。最新の予定は環境省の特設ページで確認できます。
交渉の背景と日本の役割は、こちらの記事に詳しくまとめています。
先行するEUの規制
EUでは2023年10月17日から、意図的に添加されたマイクロプラスチックの販売を制限する規則(2023/2055)が適用されています。プラスチック製のラメなどは原則すぐに対象となり、化粧品や洗剤などは用途ごとに経過期間が設けられました。日本は化粧品業界の自主的な取り組みが中心ですが、EUの動きは、輸出する企業にとって無視できない基準になりつつあります。
企業の取り組み 洗濯・人工芝・代替素材・回収
環境省は「マイクロプラスチック削減に向けたグッド・プラクティス集」で、日本企業の技術や取り組みを公開しています。1社だけを取り上げるのではなく、種類別に全体像を見ていきます。
発生を抑える
アダストリアは、繊維くずの流出を抑える洗濯ネットを開発しました。ダイセルは、化粧品に使われるプラスチックビーズの代わりに、セルロースを使った素材を提案しています。スパイバーは合成繊維の側から素材の改良を進めており、肥料メーカー側でも、被覆材に使うプラスチックの代替が検討されています。
流出を止める・回収する
人工芝では、住友ゴム工業やミズノが、破片が排水に流れ出るのを防ぐ仕組みや実証を進めています。JFEエンジニアリングは、フィルターを備えたバラスト水の処理装置を、スズキは船外機に取り付ける回収装置を開発しました。入口を塞ぐ対策と、出口で捕まえる対策の両方が用意されています。
企業発表を読むときの目安
「環境に優しい」と書かれていても、何をどれだけ減らしたのかが数値で示されていなければ、グリーンウォッシュの可能性があります。次の3つを確認すると判断しやすくなります。
- 発生そのものを減らす対策か、流出を止める対策か、回収する対策か
- 減らした量や効果を、実証データで示しているか
- 代替素材の場合、使い終わったあとの扱いまで説明しているか
よくある誤解と、選ぶときの判断基準
「洗顔料のビーズをやめれば解決」ではない
マイクロビーズは分かりやすい発生源ですが、海のマイクロプラスチックの大半は、大きなプラスチックごみが砕けた二次マイクロプラスチックだと考えられています。さらに洗濯やタイヤのように、日常生活のなかで出るものも大きな割合を占めます。ひとつの対策で全体が解決するわけではありません。
「魚や水を避ければ安全」とも言い切れない
健康影響が確定していない以上、特定の食品を過度に恐れる必要はありません。一方で、影響がないと断言できる段階でもありません。この状態では、個人の摂取を気にするより、そもそも環境に出す量を減らす方が、確実に効果のある選択です。
回収より、出さないことを優先する
環境省が述べるとおり、流出後の回収は困難です。清掃活動はごみを拾う大切な行動ですが、洗濯やタイヤ由来のような目に見えない粒子は拾えません。拾う活動と、出さない工夫の両方が必要です。
今日からできる行動 10月の衣替えから
衣替えで秋冬物を出す今の時期は、洗濯習慣を見直すきっかけになります。大きな変化は求めず、小さな選択から始めます。
洗濯の習慣を見直す
合成繊維の衣類は、洗濯ネットに入れて洗うことで、繊維くずの流出を減らせる可能性があります。ネットの効果は製品によって差があり、環境省のグッド・プラクティス集に載った繊維くず流出抑制を目的にした製品もあります。購入時に表示や説明を確かめてみてください。服を長く着ること自体も、洗濯回数と買い替えを減らす近道です。
買い物と日用品の選び方
使い捨てのプラスチック製品を1つ減らすことは、二次マイクロプラスチックの元を減らすことにつながります。洗顔料や化粧品を買うときは、成分表示にポリエチレン(PE)などのプラスチック成分がないかを見てみてください。自治体の分別ルールどおりに出すことも、ごみが川や海に流れ込むのを防ぐ基本です。
地域の取り組みに参加する
秋は、各地で海岸や河川の清掃活動が開かれる時期でもあります。参加することで、自分の暮らす地域のごみの種類を目で確かめられます。拾うだけでなく、「何が多いのか」を知ることが、次に減らす行動の手がかりになります。
まとめ
環境マイクロプラスチックは、日本周辺の海で濃度が高いと報告されてきた一方で、その原因は海洋ごみだけではありません。洗濯の繊維くず、タイヤの摩耗、人工芝など、私たちの日常と結びついた発生源が数多くあります。人体への影響は、検出の報告があるものの、因果関係や測定方法の信頼性が議論されている段階です。
国際条約の交渉は2026年も足踏みが続き、EUが先行して規制を始めています。日本では環境省が分野別に対策を進め、企業も洗濯ネットや代替素材、回収装置などを開発してきました。個人としては、洗濯の工夫や使い捨ての見直しなど、できることを1つ選ぶことが現実的な第一歩です。まず1つだけ、次の洗濯から試してみてください。
- 「日本周辺は世界の27倍」は2015年の論文に基づく数字で、調査年とあわせて読む
- 発生源は洗濯・タイヤ・人工芝など日常生活に広く及び、回収より発生抑制が優先される
- 人体への影響は検出の報告があるものの、因果関係は未確定で測定方法も議論中
- 条約交渉は止まっており、EUが先行して規制し、日本では環境省と企業の対策が進む
- 洗濯ネットの利用など、次の洗濯からできる行動から始める
参考文献
- 環境省「マイクロプラスチック対策」(環境省)
- 環境省「マイクロプラスチック削減に向けたグッド・プラクティス集」(環境省)
- 環境省「プラスチック汚染に関する国際文書(条約)第5回政府間交渉委員会再開会合(INC5.3)の結果概要」(2026年)
- IUCN「Invisible plastic particles from textiles and tyres a major source of ocean pollution」(2017年)
- 欧州委員会「Commission Regulation (EU) 2023/2055」(2023年)
- Nihart et al.「Bioaccumulation of Microplastics in Decedent Human Brains」Nature Medicine(2025年)
- PlasticsToday「Why It’s So Difficult to Analyze Microplastics in the Body」(2026年)



