近年、多くの企業が環境問題への取り組みを積極的に公表するようになりました。しかし、「環境に配慮している」という言葉だけでは、実際にどれほどの費用をかけ、どのような効果を得ているのかが見えにくいのが現状です。そこで注目されているのが「環境会計」という仕組みです。
環境会計とは、企業が行う環境保全活動にかかった費用と、その活動によって得られた効果を数値で表す会計手法のことです。例えば、「CO2削減のために500万円投資し、年間100トンの二酸化炭素を削減できた」といったように、環境への取り組みを具体的な数字で示します。
この仕組みにより、企業は自社の環境保全活動を客観的に評価でき、投資家や消費者などのステークホルダー(利害関係者)に対して、説得力のある情報を提供できるようになります。本記事では、環境会計の基本的な仕組みから実際の活用方法まで、わかりやすく解説します。
環境会計とは何か?基本的な仕組みを理解しよう
環境会計は、企業の環境保全活動を「見える化」するための重要なツールです。従来の財務会計では測りきれない環境面での企業の取り組みを、数値として明確に示すことができます。
環境省が定める環境会計の定義
環境省は環境会計を次のように定義しています。「企業等が、持続可能な発展を目指して、社会との良好な関係を保ちつつ、環境保全への取組を効率的かつ効果的に推進していくことを目的として、事業活動における環境保全のためのコストとその活動により得られた効果を認識し、可能な限り定量的(貨幣単位又は物量単位)に測定し伝達する仕組み」です。
簡単に言えば、環境保全にかけたお金と得られた成果を数字で表し、それを社内外に伝える仕組みということです。具体的には、省エネ設備の導入費用や廃棄物処理費用などのコストと、エネルギー削減量や廃棄物削減量などの効果を測定します。
従来の会計との違いとは
一般的な財務会計は、売上や利益といった金銭的な成果を記録します。一方、環境会計では金銭的な効果だけでなく、CO2削減量(トン)や水使用量削減量(立方メートル)といった物量単位での効果も重要視します。
例えば、ある製造業の企業が新しい排水処理設備を導入したとします。従来の会計では、設備投資額と運営費のみが記録されますが、環境会計では加えて「年間の水質汚染物質削減量:50トン」「電力使用量削減:年間10万kWh」といった環境面での具体的な成果も記録されます。
環境会計が重要視される理由と社会的背景
企業にとって環境会計の導入は、もはや選択肢ではなく必要不可欠な取り組みとなりつつあります。その背景には、社会全体の環境意識の高まりと、企業に対する期待の変化があります。
持続可能な経営への注目の高まり
近年、気候変動や資源枯渇といった地球規模の環境問題が深刻化しています。これに伴い、企業には短期的な利益追求だけでなく、長期的な持続可能性を重視した経営が求められるようになりました。
国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の普及により、企業の社会的責任への注目も高まっています。環境会計は、こうした持続可能な経営への取り組みを具体的な数値で示すことができるため、企業の信頼性向上に直結します。
また、環境規制の強化により、企業は法的義務としても環境保全に取り組む必要が生じています。環境会計により、これらの取り組みのコストと効果を明確にすることで、効率的な環境投資が可能になります。
ステークホルダーからの要求の変化
投資家、消費者、取引先など、企業を取り巻くステークホルダーの環境に対する意識も大きく変化しています。特に機関投資家の間では、ESG投資(環境・社会・ガバナンス要素を考慮した投資)が主流となりつつあります。
消費者においても、環境に配慮した商品やサービスを選ぶ傾向が強まっています。企業が環境会計により自社の取り組みを数値で示すことで、こうした環境意識の高い消費者からの支持を得やすくなります。
さらに、サプライチェーン全体での環境配慮が求められる中、取引先からも環境保全活動の透明性が要求されるようになっています。環境会計は、こうした要求に応える重要な手段となっています。
環境会計の2つの主要機能とその役割
環境会計は、企業内部での活用と外部への情報発信という2つの異なる機能を持っています。これらの機能を理解することで、環境会計がなぜ企業経営において重要なツールとなるのかが明確になります。
内部機能:経営判断を支援する仕組み
内部機能とは、企業が自社の環境保全活動を効率的に進めるために活用する機能です。環境会計により、環境保全にかかるコストとその効果を定量的に把握することで、経営陣や各部門が適切な判断を下せるようになります。
具体例として、ある食品メーカーが工場の省エネ設備導入を検討する場面を考えてみましょう。環境会計を活用することで、「設備投資額:2000万円、年間電力削減効果:50万kWh、年間コスト削減額:800万円」といった具合に、投資の費用対効果を明確に算出できます。これにより、3年程度で投資回収が可能であることが分かり、設備導入の意思決定がスムーズに行えます。
また、複数の環境保全対策を比較検討する際にも、環境会計は威力を発揮します。例えば、「廃棄物削減プロジェクト」と「水使用量削減プロジェクト」のどちらを優先すべきか判断する場合、それぞれのコストと効果を数値化することで、限られた予算を最も効果的に配分できるようになります。
外部機能:ステークホルダーへの情報開示
外部機能とは、企業が環境保全活動の成果を社外に向けて発信する機能です。投資家、消費者、取引先、地域住民などのステークホルダーに対して、企業の環境への取り組みを具体的な数値で示すことができます。
環境報告書やサステナビリティレポートにおいて、「今年度の環境保全投資:5億円、CO2削減効果:年間3000トン、水使用量削減:年間10万立方メートル」といった情報を公表することで、企業の環境への真剣な取り組み姿勢を示せます。
この情報開示により、企業は説明責任を果たすとともに、環境意識の高い投資家からの資金調達や、環境配慮を重視する消費者からの支持獲得につなげることができます。近年増加しているESG投資においては、こうした定量的な環境情報が投資判断の重要な材料となっています。
環境会計ガイドラインの内容と活用方法
環境省が策定した環境会計ガイドラインは、企業が環境会計を導入・実践する際の指針となる重要な文書です。このガイドラインに沿って環境会計を実施することで、他社との比較可能性を確保し、より効果的な環境経営を実現できます。
環境省ガイドラインの3つの要素
環境会計ガイドラインでは、環境会計を構成する3つの主要要素を定めています。
第1の要素は「環境保全コスト」です。これは、環境保全活動に直接要した費用を指します。具体的には、公害防止コスト(大気汚染や水質汚濁の防止費用)、地球環境保全コスト(温暖化対策や省エネ設備の費用)、資源循環コスト(廃棄物処理やリサイクル費用)などに分類されます。
第2の要素は「環境保全効果」です。これは物量単位で測定される効果で、CO2削減量、廃棄物削減量、水使用量削減量などが含まれます。例えば、「年間CO2排出量を前年比15%削減」「産業廃棄物発生量を200トン削減」といった具合に表現されます。
第3の要素は「環境保全対策に伴う経済効果」です。これは環境保全活動により企業が得た金銭的メリットを示します。省エネによる光熱費削減、廃棄物削減による処理費用削減、リサイクルによる売却収入などが該当します。
企業での実践方法と注意点
環境会計を実際に導入する際は、まず自社の事業特性に応じて測定対象を明確にすることが重要です。製造業であれば生産工程での環境負荷、サービス業であればオフィス運営での環境負荷が主な対象となります。
データ収集においては、既存の会計システムや環境管理システムとの連携を図ることで、効率的な運用が可能になります。ただし、環境効果の測定には専門的な知識が必要な場合もあるため、環境管理部門や外部の専門家との連携が不可欠です。
また、環境会計の信頼性を確保するため、測定方法や算定根拠を明確にし、可能な限り第三者による検証を受けることが推奨されます。これにより、公表される環境会計情報の透明性と説得力を高めることができます。
環境会計の導入状況と企業への効果
環境会計は徐々に日本企業に浸透していますが、導入状況には企業規模による差が見られます。導入した企業では、経営面でのさまざまなメリットが報告されている一方で、実務上の課題も存在します。
日本企業の導入状況
環境省が実施した「令和元年度 環境にやさしい企業行動調査」によると、調査対象企業1,215社のうち環境会計を導入している企業は19.6%となっています。しかし、企業規模別に見ると大きな違いがあり、上場企業では44.3%が導入している一方、非上場企業では10.5%に留まっています。
この差は主に、上場企業がより多くのステークホルダーからの情報開示要求に直面していることや、ESG投資の対象となる機会が多いことが影響しています。また、大企業ほど環境保全活動の規模が大きく、その効果を数値化する必要性も高いことが導入率の違いにつながっています。
業種別では、製造業、特に化学・石油・鉄鋼などの環境負荷の大きい業界での導入率が高い傾向にあります。これらの業界では、環境規制への対応や社会的責任の観点から、環境保全活動の透明性がより強く求められているためです。
導入によるメリットと課題
環境会計を導入した企業では、まず経営管理の精度向上というメリットが得られています。環境保全投資の費用対効果が明確になることで、限られた予算をより効率的に配分できるようになります。実際に、省エネ設備への投資判断が迅速化し、結果として光熱費削減による収益改善を実現した企業も多数報告されています。
外部への情報発信においても、大きな効果が見られます。環境会計データを活用した環境報告書の発行により、企業の環境への取り組み姿勢が評価され、ブランドイメージの向上につながっています。また、就職活動においても、環境会計を導入している企業に学生の注目が集まる傾向があり、優秀な人材確保にも寄与しています。
一方で、課題も存在します。環境効果の測定には専門的な知識が必要で、特に中小企業では人材不足や費用負担が導入の障壁となっています。また、業界や企業規模によって測定方法が異なるため、企業間での比較が困難な場合もあります。
環境会計の今後の展望と関連する取り組み
環境会計は今後、より高度で包括的な仕組みへと発展していくことが予想されます。特に国際的な環境経営の潮流と連動し、新たな概念や手法との統合が進んでいます。
自然資本会計との関係
近年注目されているのが「自然資本会計」という概念です。これは、森林、水資源、生物多様性といった自然環境を企業経営を支える「資本」の一つとして捉え、その価値を定量的に評価する手法です。従来の環境会計が主に環境負荷の削減効果に焦点を当てていたのに対し、自然資本会計では自然環境そのものの価値を経営に組み込みます。
例えば、製紙会社が所有する森林について、「CO2吸収効果:年間1000トン、生物多様性保全価値:年間500万円相当」といった具合に、自然資源の持つ多面的な価値を数値化します。この手法により、企業は自然環境への投資をより戦略的に検討できるようになります。
環境省でも自然資本会計の普及に向けた取り組みを進めており、今後は環境会計と自然資本会計を統合した、より包括的な環境経営指標の確立が期待されています。
ESG投資における位置づけ
ESG投資の拡大により、環境会計の重要性はさらに高まっています。機関投資家は投資判断において、財務情報だけでなく環境・社会・ガバナンス要素を重視するようになっており、環境会計データは重要な判断材料となっています。
特に、2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、企業の脱炭素への取り組みに対する投資家の関心は急速に高まっています。環境会計により、CO2削減への投資とその効果を明確に示すことで、ESG投資の資金獲得競争において優位に立つことができます。
今後は、国際的な環境報告基準との整合性も重要になってきます。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言への対応など、グローバルスタンダードに合わせた環境会計の進化が求められています。
まとめ
環境会計は、企業の環境保全活動を数値化し、内部管理と外部報告の両面で活用できる重要な経営ツールです。環境省のガイドラインに基づいて適切に実施することで、効率的な環境投資の実現と、ステークホルダーからの信頼獲得を同時に達成できます。
導入には専門知識や初期コストが必要ですが、長期的には経営効率の向上やブランド価値の創出につながる投資といえます。今後のESG投資拡大や環境規制強化を考慮すると、環境会計の導入は企業にとって必要不可欠な取り組みとなるでしょう。持続可能な社会の実現に向けて、より多くの企業が環境会計を活用することが期待されています。
参照元
・環境省|環境会計 https://www.env.go.jp/policy/j-hiroba/04-2.html
・環境省|環境会計ガイドライン2005年版 https://www.env.go.jp/policy/kaikei/guide2005.html
・日本大百科全書|環境会計 https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2720