日本の排出量取引は、2026年度(2026年4月)から法律にもとづく義務の制度に変わりました。対象は、CO2の直接排出量が年10万トン以上の事業者です。これまでのGXリーグの自主参加とは位置づけが違い、企業の経営判断や電気・素材の価格に、少しずつ影響が出てくると見られています。
私は普段、フェアトレード商品を選ぶことで「お金の使い道が社会を動かす」と考えてきました。ただ、排出量取引は長いあいだ「大企業が内部でやる専門的な話」と思い込み、自分の買い物とつなげて考えていませんでした。調べてみると、制度の骨格を押さえるだけで、ニュースの見え方がかなり変わります。この記事では、対象・価格・スケジュールを公的な資料をもとに整理し、生活者にできる最初の一歩まで書きます。
日本の排出量取引は2026年度に何が変わったのか
排出量取引とは、企業などのCO2排出に量の枠を設け、枠を余らせた側から足りない側へ売買を認める仕組みです。国全体の排出を抑えながら、削減コストの低い企業から先に減らす狙いがあります。ここまでは一般的な説明ですが、日本で知りたいのは「いま、どこまで進んでいるのか」だと思います。
自主参加から法律にもとづく義務へ
日本では2023年度から2025年度までの3年間を第1フェーズとして、経済産業省が設立したGXリーグの枠組みで排出量取引が試行されました。この段階は企業が自主的に目標を立てて参加する形でした。
2026年度からは第2フェーズに入り、改正GX推進法が2026年4月1日に施行されています。年間のCO2直接排出量が一定規模(10万トン)以上の事業者は、制度への参加が義務になりました。
排出量の約5割をカバーする見通し
経済産業省の2025年12月の中間整理案では、対象は「300〜400社程度」と示されました。これらの事業者の排出は、日本全体の温室効果ガス排出量の5割超にあたる見通しと各種の解説で紹介されています。社数は多くありませんが、電力・鉄鋼・化学・セメント・石油・紙パルプ・自動車といった、素材やエネルギーを担う業種が中心です。
「義務」になって何が違うのか
自主参加のころは、目標を達成できなくても企業の評判に響く程度でした。義務化後は、事業者が排出量を届け出て、排出量に見合う排出枠を保有する仕組みが法的な裏づけを持ちます。つまりCO2の排出が、財務や投資の判断にはっきり入り込むようになったということです。
対象になる企業と、排出枠の配られ方
制度を理解するうえで、よく誤解されるのが「中小企業や個人も対象なのか」という点です。結論として、直接の対象は大規模な排出事業者に限られます。
対象の判定は「直接排出の3年度平均」
対象かどうかは、前年度までの3年度平均で、事業活動に伴うCO2の直接排出量が10万トン以上かで決まります。2026年度であれば、2023〜2025年度の平均が基準です。ここで言う直接排出とは、自社の工場や発電所で燃料を燃やして出る排出のことで、買った電気の分は含みません。
無償割当の考え方は2種類
第2フェーズ(2026〜2032年度)は、排出枠が無償で割り当てられます。基本はベンチマーク方式で、同じ業種の中で効率のよい事業者の水準を基準に枠が決まります。業種の特性上ベンチマークが難しい場合には、過去の排出実績に削減率をかけるグランドファザリング方式が使われます。
効率のよい事業者ほど枠に余裕が出て、売却できる余地が生まれます。非効率な事業者は不足分を市場で調達するか、設備投資で排出を減らす必要があります。
クレジットで埋められるのは実排出量の10%まで
排出枠が足りないとき、J-クレジットなどのカーボンクレジットを使える場合があります。ただし利用の上限は、年間の実排出量の10%とされています。クレジットに頼り切らず、自社の排出削減そのものを進めるための歯止めです。
エシカル消費の目線で言えば、「クレジットを買えば排出ゼロ」という話ではありません。実際の削減が先で、クレジットは補助という順序が制度の側にも組み込まれています。
排出枠の価格にはなぜ上限と下限があるのか
排出量取引で企業が最も気にするのは、排出枠の価格です。日本の制度は、価格が荒れすぎないように上限と下限を設けています。
2026年度は1トンあたり1,700円から4,300円
2026年3月30日の経済産業省告示で、2026年度の上限価格は1トンあたり4,300円、下限価格は1,700円と定められました。根拠として、上限は石炭からLNGへ燃料転換するコストの直近10年の中央値(約4,370円)を100円単位で切り下げた水準とされています。下限は、価格が高騰する前の省エネ由来J-クレジットの取引価格(加重平均で約1,620円)を踏まえた水準です。
価格が外れたときの安定化措置
月平均の取引価格が3か月連続で上限を超えると、事業者は不足分について、負担金を納める形で義務を果たせます。負担金は上限価格の1.1倍で計算されると紹介されています。反対に下限を下回り続けると、GX推進機構がリバースオークションで排出枠を買い入れ、需給を引き締めます。
2027年度以降は毎年少しずつ上がる設計
2027年度以降の価格は、前年度の価格に「1.03に国内企業物価指数の見通しを加えた値」をかけて算定されます。実質で年3%ずつ上がる設計で、排出が多いほどコストが重くなる方向を、毎年あらかじめ見えるようにするものです。企業が設備投資の計画を立てやすくする狙いがあります。
今後のスケジュールと、制度のこれから
2026年度は、割当申請の土台になる自社の排出量を算定・報告する年にあたります。市場で売買が本格的に動くのは、これからです。
2027年度に初年度の割当、市場開設は2027年秋ごろの見込み
初年度の排出枠の割当は2027年度に実施され、取引市場の開設も2027年秋ごろが見込まれています。いまは「ルールが決まり、データを整える段階」で、価格がニュースになるのはもう少し先です。
炭素に価格をつける仕組みは三段構え
日本のカーボンプライシングは、排出量取引だけではありません。2023年成立のGX推進法では、2028年度から化石燃料の輸入事業者などに賦課金をかけ、発電部門については2033年度から排出枠の有償割当を段階的に広げる方針が示されています。第2フェーズの無償割当は、あくまで第一歩だと受け取るのがよさそうです。
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世界と比べたときの位置づけ
欧州のEU-ETSなど、海外にはすでに長い運用実績のある制度があります。日本は後発ですが、価格の上限・下限や、クレジット利用の上限を最初から入れた点は、日本の制度の特徴です。ただし各国の制度は対象範囲も割当方法も違うため、価格水準を単純に並べて「日本は安い・高い」と断じるのは避けたほうがよいと思います。
生活者から見える3つの接点
ここからは、公開されている制度資料や企業の開示の傾向をもとに、生活者との接点を3つに整理してみます。特定の調査にもとづく数字ではなく、制度の構造から読み取れる範囲の見立てです。
電気や素材の価格に、時間差で関わる
対象は大規模排出事業者ですが、電気、鉄、化学品、紙といった素材の価格は、最終的に私たちが買う商品に反映されます。ただし負担の出方は、無償割当の範囲、価格の上限、各社の削減努力で変わります。「制度が始まったから明日から値上がりする」と単純に言える段階ではなく、動きを静かに見ておくのが現実的です。
投資先・就職先を見る物差しが増える
排出枠が足りない企業は、将来コストを抱えます。余っている企業は、売却益が得られるかもしれません。投資信託の中身や、就職を考える会社の開示を見るとき、「CO2を減らす設備投資の計画があるか」は具体的な物差しになります。
「見せかけの脱炭素」を見抜く手がかりになる
実排出量の削減を伴うのか、クレジットで相殺しているだけなのか。制度の側に「クレジットは10%まで」という線がある以上、相殺に偏った説明には少し立ち止まる理由ができます。ここは、グリーンウォッシュを避けたい私たちにとって、一番使いやすい視点だと感じています。
今日から試せる1アクション
おすすめは、気になる企業を1社選び、その会社のサステナビリティ報告書か統合報告書を開いて、次の3語で検索してみることです。
- 「排出量取引」または「GX-ETS」
- 「Scope1」(自社の直接排出量)
- 「インターナルカーボンプライス」
Scope1の排出量が年10万トンを超えていれば、おそらく制度の対象になります。見つかった数字と、削減の計画がどう書かれているかを、1行メモに残してみてください。
最初は「専門用語ばかりで読みにくい」と感じるかもしれません。私も初めて報告書を開いたときは、どこを見ればよいか分からず、数字の単位でつまずきました。それでも、検索する語を3つに絞ると、読む場所がぐっと減ります。完璧に理解しようとせず、まず1社だけで十分です。
まとめ
日本の排出量取引は、2026年度から改正GX推進法にもとづく義務の制度になりました。対象は直接排出が年10万トン以上の事業者で、300〜400社程度とされ、日本の排出の5割超をカバーする見通しです。排出枠は第2フェーズでは無償で割り当てられ、クレジットで埋められるのは実排出量の10%までと、実際の削減を促す設計になっています。
2026年度の価格は1トンあたり1,700円から4,300円の範囲で運用され、2027年度以降は実質で年3%ずつ上がる方針です。市場が開くのは2027年秋ごろの見込みで、価格が生活に届くまでには時間差があります。私たち生活者は、企業の開示を読み、投資や就職、買い物の選択に反映することで、この制度とつながれます。
- 2026年4月1日から、CO2直接排出が年10万トン以上の事業者は排出量取引への参加が義務になった
- 2026年度の排出枠価格は1,700円〜4,300円で、2027年度以降は毎年引き上げられる設計
- クレジットの利用は実排出量の10%が上限で、削減そのものが先に求められる
- 市場開設は2027年秋ごろの見込みで、生活への影響は時間差で現れる
- まず1社の報告書で「Scope1」と「排出量取引」を検索してみる
参考文献
- 経済産業省「排出量取引制度」(2026年)
- 経済産業省「GXリーグ」(2026年)
- BUSINESS LAWYERS「4月施行 GX推進法・資源有効利用促進法改正の概要と実務」(2026年)
- SUSSTAP「GX-ETSの上限価格・下限価格はいつ発動するのか」(2026年)


