地震、豪雨、台風。日本で事業を続けるかぎり、自然災害は「いつか来るかもしれない出来事」ではなく、経営計画に織り込むべき前提条件です。それでも、BCP(事業継続計画)は「大企業の仕事」「分厚い書類を作ること」と受け止められ、手つかずのままになりやすい分野でもあります。
この記事では、内閣府や中小企業庁の公開資料をもとに、日本企業のBCP策定の現在地を確認します。そのうえで、自然災害の種類ごとに事業への影響がどう違うのか、計画づくりの最初に決めるべき項目は何か、使える公的制度は何かを整理します。最後に、今日からできる具体的な1アクションも示します。
日本企業のBCP策定は、どこまで進んでいるのか
BCPの話題になると「うちは小さい会社だから」という声がよく聞かれます。まず、国の調査で現在地を確認します。数字を見ると、策定が進んでいる層と、これから取りかかる層がはっきり分かれていることがわかります。
企業規模で大きく開く策定率
内閣府は「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」を、ほぼ2年ごとに実施しています。令和5年度の調査では、BCPを策定済みと答えた企業は大企業で76.4%、中堅企業で45.5%と報告されています。大企業では4社に3社が策定済みなのに対し、中堅企業では半数を下回る水準です。
中小企業を対象にした民間調査でも、策定率は大企業より低い水準にとどまる傾向が示されています。ただし、調査ごとに対象企業や設問が異なるため、数字をそのまま並べて比べることはできません。この記事では「規模が小さいほど策定が進みにくい傾向がある」という方向性だけを押さえておきます。
策定が進みにくい理由は人手と時間
内閣府の調査では、未策定の企業が理由として挙げるものに、策定に必要なノウハウや人材の不足、時間の不足が含まれます。つまり、必要性を感じていないというより、「何から手をつければよいかわからない」という壁が大きいと読み取れます。
この壁を低くするには、完成度の高い計画を最初から目指さないことが現実的です。後の章で述べるとおり、最初に決めるのは3項目だけで足ります。
直近15年に繰り返された大規模災害
日本では、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の平成30年7月豪雨、2019年の令和元年東日本台風、2024年1月の能登半島地震と、事業活動に大きな影響を与えた災害が続いてきました。災害の種類も地域も毎回異なります。そのため、特定の災害を想定した対策だけでは、次の災害に対応しきれないことがあります。
自然災害の種類によって、事業が止まる原因は変わる
BCPというと地震対策を思い浮かべる人が多いかもしれません。ただ、豪雨や台風では、事業が止まる原因も、備えるべきものも異なります。以下は、公開されている被災事例の傾向をもとにした整理であり、統計ではありません。
地震では、建物・設備・サプライチェーンが焦点になる
地震では、建物や機械設備の損壊、従業員の安否確認、通信の途絶が主な課題です。熊本地震では、一部の部品工場の被災をきっかけに、他地域の完成品工場の生産が止まった例が知られています。自社が被災しなくても、取引先の被災で事業が止まる可能性があります。
2024年の能登半島地震では、道路の寸断や長期の断水が、事業再開の見通しに影響したと報じられました。建物が無事でも、水・電気・物流のどれかが欠ければ、再開は遅れます。
水害・台風では、浸水と「事前に動ける時間」が分かれ目になる
水害や台風は、地震と違って、ある程度の事前予測ができます。気象情報をもとに、在庫や重要書類、パソコンを高い場所へ移す、従業員を早めに帰宅させるといった「先回りの行動」が被害を左右します。
一方で、浸水した設備は復旧に時間がかかります。電気設備や在庫を1階に置いている事業所では、ごく浅い浸水でも長期の停止につながりかねません。自社の立地がどのくらいの浸水リスクを持つかを、事前に知っておく必要があります。
複数の災害が重なる場合を想定する
災害は単独で起きるとは限りません。地震の直後に豪雨が来る、台風で停電が起きている最中に猛暑が重なるといったケースもあります。災害ごとに別の計画を作る必要はなく、「人・場所・設備・情報・取引先のどれが使えなくなるか」という共通の枠組みで考えると、複数の災害に対応しやすくなります。
BCPづくりの最初に決める3つの項目
内閣府の「事業継続ガイドライン」は、BCPを単なる防災計画ではなく、経営戦略の一部として位置づけています。防災計画が人命と資産の保護を主な目的とするのに対し、BCPは、被災しても重要な事業を目標の時間内に再開するための計画です。ガイドラインの考え方を踏まえると、最初に決めるのは次の3項目です。
項目1 止められない重要業務を絞る
すべての業務を同時に復旧させることはできません。売上や顧客への責任の面から、「これが止まると最も困る」という業務を1〜3個に絞ります。たとえば、受注と出荷、給与支払い、顧客データの保全などが候補になります。
絞り込みの際は、止まった場合の影響を、日数ごとに書き出します。「3日止まると何が起きるか」「1週間ならどうか」と問うだけで、優先順位が見えてきます。
項目2 目標とする復旧時間を決める
重要業務ごとに、いつまでに再開したいかを決めます。ガイドラインでは、これを目標復旧時間と呼びます。実現できるかどうかは後回しにして、まず、顧客や取引先から見て許容されそうな時間を置きます。
目標を置くと、現状との差が見えます。たとえば「3日以内に出荷再開」と置いた場合、代替の拠点や在庫が必要かどうかを具体的に検討できます。
項目3 使えなくなる経営資源の代替手段を考える
重要業務を支える「人・場所・設備・情報・取引先」のうち、使えなくなるものを洗い出し、代替手段を考えます。クラウドへのデータ保存、代替の仕入先の確保、在宅で処理できる業務の整理などが代表例です。
ここで、調達先が特定の産地や工場に集中していないかを見直すことも重要です。フェアトレード商品や産地が限られる原材料を扱う事業者は、産地の災害が供給に直結します。
計画が「紙」で止まりやすい3つのパターン
BCPは、作っただけでは機能しません。公開されている事例や専門機関の解説を読むと、計画が実際に使われなくなる場面にはいくつかの共通点があります。これは調査結果ではなく、公開情報の傾向を当メディアが整理したものです。
担当者が1人で、更新が止まる
計画づくりを特定の担当者に任せると、その人が異動や退職をした時点で、中身が更新されなくなることがあります。経営者が内容を把握し、複数の人が見られる状態にしておくことが重要です。連絡先や取引先の情報は変わりやすいため、年1回は見直す日を決めておくと、更新が習慣になります。
訓練をしないため、計画が現場で使えない
計画があっても、実際の場面で誰が何をするのかが共有されていなければ、動けません。安否確認の連絡、代替拠点への移動、取引先への連絡など、1つの場面だけでも練習しておくと、計画の抜けが見つかります。机上の確認だけでも、効果があります。
自社だけを見て、取引先との連携を考えていない
自社が被災しなくても、取引先や物流が止まれば、事業は止まります。主要な取引先がBCPを持っているか、被災時にどう連絡を取り合うかを確認しておくことは、自社の計画の一部です。取引先との連絡手段を複数決めておくだけでも、被災直後の混乱を減らせます。
中小企業が使える事業継続力強化計画の認定制度
中小企業にとって、本格的なBCPは負担が大きいものです。そこで国が用意しているのが、事業継続力強化計画の認定制度です。中小企業等経営強化法の改正を受けて、2019年7月に始まりました。
制度の概要と認定のメリット
この制度は、自社の災害リスクを確認し、防災・減災の具体的な対策を計画にまとめて、経済産業大臣の認定を受ける仕組みです。認定を受けると、防災・減災のための設備に対する税制措置や、金融支援、補助金の審査での加点などが受けられるとされています。詳細な要件や最新の措置は、中小企業庁の公式ページで確認してください。
小さく始められる点が特徴
BCPが本格的な計画書であるのに対し、この制度の計画は、必要な項目が限られています。自社のハザード情報の確認、初動対応の手順、平時からの備えを整理する構成です。商工会や商工会議所が相談先になっていることが多く、はじめての策定でも専門家に相談しやすい環境が整っています。
複数の企業で取り組む連携型もある
単独の計画だけでなく、複数の企業が連携して作る連携型の計画も用意されています。同じ地域の企業や、サプライチェーンでつながる企業が共同で備えると、一社では難しい対策も進めやすくなります。
今日から30分でできる最初の1アクション
ここまでの内容を、1つの行動に絞ります。それは、自社の事業所のハザードマップを確認し、最重要業務を1つだけ書き出すことです。
手順1 ハザードマップで事業所のリスクを調べる
国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」にある「重ねるハザードマップ」に、事業所の住所を入力します。洪水、土砂災害、高潮、津波のリスクが、地図上で確認できます。自宅の住所と事業所の住所の両方を調べると、通勤経路の危険箇所も見えてきます。
手順2 最重要業務を1つ選び、止まった場合の影響を書く
次に、メモ用紙や表計算ソフトに、最も止めたくない業務を1つだけ書きます。その横に、「1日止まると」「3日止まると」「1週間止まると」の3行を作り、起きることを書き込みます。これだけで、BCPの最初の項目である重要業務の絞り込みと、目標復旧時間の手がかりが得られます。
完成度より、見える状態にすることを優先する
この作業は30分程度で終わります。完璧な答えは必要ありません。書き出したメモを、経営者や同僚と共有するところまで進められれば、BCPの第一歩としては十分です。まず1つだけ試してみてください。
まとめ
内閣府の調査によれば、BCPの策定率は大企業と中堅企業で差があり、規模が小さいほど取りかかりにくい傾向があります。理由の多くは、必要性への疑問ではなく、ノウハウや人手、時間の不足にあります。だからこそ、最初から完成度の高い計画を目指さず、重要業務、目標復旧時間、代替手段の3項目から始めることが現実的です。
自然災害は、地震なら設備と供給網、水害や台風なら浸水と事前の行動というように、事業が止まる原因が異なります。ただ、「人・場所・設備・情報・取引先」のどれが使えなくなるかという共通の枠組みで考えれば、複数の災害に対応しやすくなります。中小企業は、事業継続力強化計画の認定制度を使うことで、小さく始めながら公的な支援も受けられます。
- BCP策定率は企業規模で差があり、中小企業は小さな一歩から始めるのが現実的
- 地震・水害・台風では、事業が止まる原因と備えるべき点が異なる
- 最初に決めるのは、重要業務・目標復旧時間・代替手段の3項目
- 事業継続力強化計画の認定制度は、中小企業が小さく始められる仕組み
- 最初の1アクションは、ハザードマップの確認と最重要業務の書き出し
参考文献
- 内閣府防災情報のページ「企業防災のページ(事業継続)」(内閣府)
- 中小企業庁「事業継続力強化計画・BCP」(中小企業庁)
- 国土交通省「ハザードマップポータルサイト」(国土交通省・国土地理院)

