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カーボンクレジットは「本物」か|品質・信頼性をめぐる問いと、2026年から変わる日本の制度

カーボンクレジットは「本物」か|品質・信頼性をめぐる問いと、2026年から変わる日本の制度

カーボンクレジットは、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を数値にして認証し、売買できるようにしたものです。企業はこれを購入して自社の排出の一部を埋め合わせます(カーボンオフセット)。商品の「カーボンニュートラル」表示の裏側にも使われています。ただ、そのクレジットが本当に気候への効果を持つのかは、種類や認証の仕組みによって大きく違います。

日本では2026年4月から、排出量取引制度(GX-ETS)が法律に基づく義務の段階に入りました。クレジットの需要が制度として生まれた今、「本物か」という問いは、企業にとっても、商品を選ぶ私たちにとっても、実務の問いになっています。この記事では、海外の疑惑から何が分かったのか、日本の制度はどこまで品質を担保しているのか、買い手は何を確認すればよいのかを順に整理します。

この記事で学べること

  • クレジットの「本物らしさ」を左右する3つの条件(追加性・永続性・二重計上の防止)
  • 海外の不正疑惑で実際に何が問題とされたのか、よくある誤解との違い
  • J-クレジット、JCM、GX-ETSの関係と、利用上限10%の意味
  • クレジットの供給と価格の現状、企業や消費者が確認したいポイント

「本物」かどうかは何で決まるのか

クレジットの品質は、「1トン分」という表示だけでは判断できません。その1トンが、クレジットの購入がなければ生まれなかった削減なのか。効果は長く続くのか。同じ削減分を他の誰かも自分の成果として数えていないか。この3点が、国際的にも品質の中心的な論点として扱われています。

追加性|クレジットがなくても起きた削減ではないか

追加性とは、クレジット収入があったから実現した削減かどうか、という条件です。たとえば、省エネ設備への更新がもともと採算に合い、クレジットがなくても実施される計画だったなら、その削減をクレジットとして売ることは「追加」とはみなされにくくなります。

J-クレジット制度では、対象にできる活動の種類と適格性の基準を方法論として定めています。経済産業省の2025年12月時点の資料では、承認済みの方法論は74とされています。活動ごとに「これなら追加的とみなす」基準を決めておくことで、審査の判断がぶれにくくなる設計です。

永続性|吸収した炭素は、そのままとどまるか

森林や土壌に炭素を蓄える吸収系のクレジットでは、永続性が課題になります。植えた森林が数十年後に伐採されたり、山火事で焼けたりすると、いったん固定した炭素が大気に戻ってしまうからです。これは「リバーサル(逆転)リスク」と呼ばれます。

森林のクレジットが高めの価格で取引されることが多いのは、モニタリングの手間が大きいことに加え、こうしたリスクを管理する費用が価格に含まれやすいことも一因と考えられます。

二重計上の防止|同じ1トンを2回数えない

同じ削減量を、クレジットの買い手と、削減が行われた国や事業者の双方が成果として主張すると、地球全体では1トン分しか減っていないのに2トン分減ったことになります。これを防ぐため、J-クレジットは登録簿でクレジットを管理し、使った分を「無効化」して以後は移転できなくします。国をまたぐ取引では、売った側の国が自国の排出量の計算から差し引く「対応調整」という手続きで二重計上を避けます。

この3条件は、どれか1つでも崩れると「本物」と呼びにくくなります。ただし、現実の削減量は測定の不確かさを伴います。完璧な基準が存在するというより、どの制度が、どこまで、どう検証しているかの違いを見ていく、というのが実態に近い見方です。

海外の不正疑惑で、実際に何が問題とされたのか

「カーボンクレジットは偽物が多い」という印象は、2023年1月に英紙などが共同で報じた調査の影響が大きいと言われます。ただ、この話はしばしば「クレジットが存在しなかった」という形で伝わり、実際の指摘とは少しずれて広まっています。

「存在しない」ではなく「削減効果が過大だった」という指摘

この調査は、民間のボランタリー市場で最大手の認証機関の一つが認証した熱帯林保全(REDD+)のクレジットについて、その9割を超える分が実際の削減効果を伴わない「ファントム(幻)クレジット」である可能性が高い、と指摘したものです。購入企業として、世界的なブランド企業などの名前が報じられました。

問題とされたのは、「開発が続いたら失われていたはずの森林」の見積もり(ベースライン)が大きすぎたことです。クレジットが帳簿上に存在することと、その分だけ実際に排出が減ったことは別の話で、報道が突いたのは後者でした。認証機関側は、調査の結論は不正確だとして反論しています。東京海上dRのレポートも、この問題を「実際の削減効果を伴わない可能性が高い」という指摘として紹介しています。

不正は森林だけではない

品質への疑問は、森林以外でも起きています。同じレポートによると、中国の水田での水管理(AWD)プロジェクトでは、事業を細かく分けて審査を逃れる不正が見つかり、大量のクレジットが無効化されました。日本企業が購入したインドネシアのREDD+プロジェクトも、品質への批判を受けて、買い手側が評判上のリスクにさらされた事例として挙げられています。

「民間のクレジットはすべてだめ」も誤解

一方で、ボランタリークレジットを一括りに「信用できない」と言い切るのも正確ではありません。認証機関や方法論によって、質には大きな幅があります。見直しを重ねて信頼を高めている方法論もあれば、疑問が残るものもあります。

「国の制度なら安全、民間なら危険」という二分法ではなく、「何を、どの基準で、誰が検証したクレジットか」を見る。これが、この問題を考えるときの基本の姿勢になります。

国際ルールはどこまで整ったのか

疑惑を受けて、国際的には品質の物差しをそろえる動きが進みました。ただし、まだ途中経過の部分も多く、「ルールができたから安心」とは言えない段階です。

COP29で、パリ協定6条の運用ルールが整った

2024年11月のCOP29では、パリ協定6条に基づく国際的な炭素市場の運用ルールがまとまりました。環境省の資料によると、6条4項のメカニズムについて、方法論の策定・評価に関する基準と、吸収・除去を伴う活動に関する基準が採択されています。国をまたぐ取引で削減量の二重計上を避けるための仕組みも、ここで運用の枠組みとして整いました。

その後、国連が管理する新しいメカニズム(PACM)の実装が進んでいます。大和総研のレポートによると、2026年2月に、PACMとして初めてとなるクレジットの発行が承認されました。ただし、これは旧制度(CDM)からの移行分で、新しい方法論に基づくクレジットの発行は2027年以降になる見通しと報じられています。

民間市場のラベル|CCPは供給のごく一部

民間のボランタリー市場では、「高品質」の基準を示す動きとして、ICVCM(自主的炭素市場の誠実性評議会)が「コア・カーボン・プリンシプル(CCP)」ラベルを運用しています。ICVCMの報告では、2025年10月時点でCCPの承認を受けた方法論によるクレジットは5,100万を超え、2024年の市場全体に対する割合は約4%にとどまりました。

この割合は今後増える見込みとされますが、現時点では、市場に出回るクレジットの大半がラベルを持っていません。ラベルがないからといって低品質とは限らない一方、ラベルがあっても、承認カテゴリの中で質に幅が残るという指摘もあります。ラベルは「確認の出発点」であり、結論ではありません。

日本の制度|J-クレジット、JCM、GX-ETSの関係

日本のクレジットをめぐる制度は、名前が似ていて混同されがちです。役割の違いを分けて見ておくと、ニュースの意味がつかみやすくなります。

J-クレジット|国が運営する国内クレジット

J-クレジット制度は、経済産業省・環境省・農林水産省の3省が運営する制度です。省エネ設備の導入、再生可能エネルギー、森林管理、農業での取り組みなどによる削減・吸収量を、方法論に沿って算定し、第三者の検証を経て認証します。国が基準を管理し、登録簿で無効化まで追跡できるため、民間のボランタリークレジットと比べて透明性が高いとされています。

2023年10月には東京証券取引所にカーボン・クレジット市場が開設され、J-クレジットの売買が取引所を通じてできるようになりました。地球温暖化対策計画では、J-クレジットの認証量を2030年度に1,500万t-CO2とする目標が掲げられています。

JCM|途上国での削減を日本の成果に反映する二国間制度

JCM(二国間クレジット制度)は、日本の技術や設備を途上国に導入して得られた削減量を、日本の削減実績として反映する制度です。パリ協定6条に沿った二国間の枠組みで、二重計上は相手国との間で調整されます。東京海上dRのレポートによると、JCMの累計発行量は約80万トンで、政府が掲げる「2030年度までに累計1億トン」という目標には大きな開きがあります。

GX-ETS|2026年4月に義務の段階へ

GX-ETSは、GX推進法に基づく排出量取引制度です。対象は、直近3か年度の平均でCO2直接排出量が年10万トン以上の事業者で、みずほリサーチ&テクノロジーズの解説では、対象は300〜400社、国内排出量の約6割をカバーすると見られています。対象事業者は、排出実績と同量の排出枠を期限までに保有する義務を負います。

排出枠が足りない場合は、一部をクレジットで補うことが認められています。大和総研のレポートによると、その上限は排出量の10%で、使えるクレジットはJ-クレジットとJCMクレジットです。このうち実務上は、当面J-クレジットが使いやすく、JCMは限定的とされています。上限があるのは、企業がクレジットの購入に頼りすぎず、まず自社の排出を減らすよう促すためです。

供給不足と価格上昇が示す「質」の現実

義務化によって、クレジットの需要は制度として生まれました。その一方で、供給側は需要に追いついていません。この需給の差は、品質の議論とも無関係ではありません。

需要に比べて、供給の桁が違う

東京海上dRのレポートの試算では、2040年にGX-ETSの対象事業者が必要とするクレジットは、年間1億7,200万〜2億8,700万トンに達する可能性があります。これは筆者の試算で、制度の詳細に左右される数字です。一方、国内のJ-クレジットの累計供給は約1,200万トンで、年間では数百万トン程度とされ、需要見通しとは桁が2つ違うと指摘されています。

価格は上がり、種類による差も大きい

同じレポートによると、東証市場では再生可能エネルギー由来のクレジットが、2024年1月の1トンあたり約3,000円から、2025年7月には約6,000円へ上昇しました。森林由来は約5,000〜9,000円、農業(中干し期間の延長)由来は約3,000〜3,600円で約定されています。

価格の高さが、そのまま質の高さとは限らない

ここで注意したいのは、価格差の読み方です。供給が少ない中で需要が集中すると、品質とは別の理由で値段が動くことがあります。逆に、安いからといって質が低いとも限りません。価格は参考情報の一つにとどめ、方法論、検証の内容、プロジェクトの情報公開といった中身で判断するのが、結果的に近道になります。

供給が細る中では、品質の確認が甘いまま調達が急がれる、という懸念もあります。クレジットの質を見極める力は、制度が義務化された今のほうが重要です。

企業と消費者が確認したいポイント

制度が整っても、クレジットを使う側の確認の習慣は欠かせません。立場ごとに、見るべき点を整理します。

企業がクレジットを調達するとき

調達する企業にとって、確認したいのは次の点です。

  • どの認証制度・方法論のクレジットか、算定方法が公開されているか
  • 追加性の根拠と、第三者による検証の内容が確認できるか
  • 吸収系の場合、リバーサルリスクへの備えがあるか
  • 無効化の記録が残り、二重計上を避けられるか
  • プロジェクトが地域社会や生態系に悪影響を与えていないか

特に最後の点は、クレジットの数字に表れにくい部分です。人権や地域との関係をめぐる問題が、品質への批判の発端になった事例もあります。

商品を選ぶ消費者として

消費者が購入時に確認できる情報は限られますが、「カーボンニュートラル」「オフセット済み」といった表示を見たときに、次の点が書かれているかを見ることはできます。

  • 排出量をどう算定し、どれだけ削減したうえでオフセットしているか
  • どのクレジットを、どれだけ使ったか
  • 第三者の認証や検証の有無

排出量の削減努力に触れず、「オフセット済み」だけを強調する表示は、慎重に見たほうがよいでしょう。環境省のカーボン・オフセットに関するガイドラインでは、「知って、減らして、オフセット」という順序が基本とされています。

表示ルールの動き

欧州では、消費者保護の改正指令(指令2024/825)が2026年9月27日から適用されています。欧州委員会の資料によると、この指令は、温室効果ガスの相殺に依拠した環境表示を、消費者を誤認させるおそれがあるものとして扱います。相殺を理由に商品が気候に中立だと示す表現は、今後厳しく見られることになります。日本の企業も、海外で販売する商品については、この動きの影響を受ける可能性があります。

「削減が先、オフセットは補完」という原則

最後に、この議論全体の土台になる原則を確認しておきます。クレジットは、排出を減らす努力の代わりにはなりません。

補完としての位置づけ

自社の排出を可能な限り減らしたうえで、どうしても残る分を、質の確認できたクレジットで補う。これが基本の順序です。GX-ETSの利用上限も、この考え方を制度に落とし込んだものと言えます。クレジットの購入だけで「実質ゼロ」を名乗る姿勢は、今後ますます通用しにくくなります。

開示が信頼の入り口になる

企業がどれだけ削減し、どのクレジットをどれだけ使ったのかを開示しているか。これは、投資家や取引先、消費者が企業の姿勢を見極める手がかりになります。クレジットの質を完全に判定することは難しくても、開示の姿勢と中身の透明さは、外から確認できます。

疑い続けるだけでも、信じ込むだけでもなく

「カーボンクレジットは全部だめ」と切り捨てれば、森林保全や途上国での削減など、実際に資金を必要とする活動への流れを止めてしまいます。反対に、「クレジットを買ったから大丈夫」と信じ込めば、削減が先送りされます。確認すべき条件を持ったうえで、使えるものを使う。そのバランスが、この仕組みとの付き合い方になります。

まとめ

カーボンクレジットが「本物」かどうかは、追加性、永続性、二重計上の防止という3つの条件を、どの制度がどこまで検証しているかで決まります。海外で批判された熱帯林のクレジットは、「存在しなかった」というより、削減効果が過大に見積もられていた、という指摘でした。民間の市場にも質の幅があり、一括りに良し悪しを言うことはできません。

日本では2026年4月からGX-ETSが義務の段階に入り、J-クレジットとJCMを排出量の10%を上限に使える仕組みが動き出しました。需要が制度として生まれた一方で、供給は需要の見通しに追いついておらず、価格も上昇しています。だからこそ、価格だけでなく、方法論や検証の中身を確かめる姿勢が求められます。まずは、気になる企業の「カーボンニュートラル」表示を1つ選び、削減の取り組みとクレジットの内訳が開示されているかを見てみてください。

  • クレジットの質は、追加性・永続性・二重計上の防止という3条件で見る
  • 海外の批判の中心は「削減効果の過大評価」であり、民間市場にも質の幅がある
  • GX-ETSは2026年4月に開始され、J-クレジットとJCMを排出量の10%を上限に使える
  • 供給が需要に追いつかず価格が上昇しており、価格だけで質は判断できない
  • 「削減が先、オフセットは補完」の原則と、企業の開示の中身を確認する

参考文献

  • 記事を書いたライター
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