「日本は雨が多いから水には困らない」——大学で環境政策を学び始めた頃、私自身もそう思い込んでいました。ところが水資源のデータを扱う授業で世界の水ストレス指標を見比べてみたところ、日本は「水が豊かな国」と「水を大量に外部依存している国」という、一見矛盾する二つの顔を持っていることに気づかされました。この記事では、水ストレスという言葉を「日本とは関係のない海外の問題」で終わらせず、国内の地域差、輸入食品を通じた見えない水の消費、企業の対応まで含めて整理します。
「日本は水が豊か」という思い込みと、指標が示す現実
水ストレスとは、ある地域で人が利用できる水の量に対して、実際の需要(生活・農業・工業用水など)がどれだけ逼迫しているかを示す考え方です。世界資源研究所(WRI)が公開している水リスク評価ツール「Aqueduct」は、各国・各流域の取水量と再生可能な水資源量の比率をもとに、水ストレスの度合いを地図上で示しています。
日本は国土全体でみると年間降水量が世界平均の2倍近いとされ、Aqueductの評価でも国全体としては比較的低い水ストレスに分類される傾向にあります。ここだけを見ると「日本は水に恵まれている」という理解で間違いではありません。ただし、この評価は国全体を平均した数字であり、流域や季節ごとの偏りまでは十分に映し出せていない点に注意が必要です。実際にAqueductの地図と国内の渇水記録を並べて見てみると、全国平均の「低ストレス」という表示の下に、決して小さくない地域差が隠れていることが分かります。
香川県が突きつけてきた「日本の中の水ストレス」
日本国内で水ストレスを語るときに欠かせないのが香川県の事例です。香川県には大きな一級河川がなく、高知県を水源とする早明浦ダムからの香川用水に生活用水・農業用水の多くを依存してきました。渇水年には取水制限が繰り返し発表され、給水制限や節水の呼びかけが行われてきた歴史があります。全国平均では「水が豊かな国」に分類される日本の中にも、水源を他地域に頼らざるを得ない構造的に厳しい地域が存在していることは、意外と知られていません。
気候変動で広がる渇水リスクの地域差
さらに見落としがちなポイントとして、降水パターンの変化があります。梅雨や台風に依存した降水の集中と、渇水期の少雨という振れ幅が大きくなると、ダムの貯水率が急低下する年が増えます。国土交通省は毎年の水資源白書で、渇水による取水制限の発生状況を報告しており、特定の年に取水制限が集中する年もあれば、少ない年もあるという変動の大きさが記録されています。地域ごとの水源の余裕度を把握しておくことは、防災の観点からも意味のある備えだと感じます。
見えないところで日本が引き受けている水ストレス|バーチャルウォーターという視点
日本国内の水事情だけを見ていると、水ストレスの問題の半分しか捉えられていません。もう一つの重要な視点が「バーチャルウォーター(仮想水)」です。これは、輸入する農産物や畜産物を自国で生産したと仮定した場合に必要となる水の量を推計する考え方で、東京大学の研究グループなどによって日本でも試算が行われてきました。
輸入食品と結びつく海外の水ストレス
日本は食料自給率が低く、穀物や飼料、肉類の多くを海外からの輸入に頼っています。こうした輸入食品の生産には、輸出国側で大量の灌漑用水や地下水が使われており、その水資源が必ずしも豊富な地域とは限りません。むしろ、水ストレスが高いと評価される地域から輸入された食品を、日本の消費者が日常的に口にしているケースは少なくないとされています。つまり日本は、自国の水資源には比較的余裕がありつつも、輸入を通じて他国の水ストレスの一部を間接的に引き受けている構造にあるわけです。
家庭の消費行動が海外の水資源に与える影響
この視点を知ってから、私は食品ロスについての考え方が変わりました。食べ残しや期限切れによる廃棄は、単に「もったいない」だけでなく、その食品の生産に使われた海外の水資源も同時に無駄にしていることになります。バーチャルウォーターの概念を家庭に当てはめると、食品ロスを減らすことは、間接的に海外の水ストレス緩和にもつながる行動だと言えます。この点は環境省の資料でも、食料の生産・流通・消費の各段階での水資源への影響として取り上げられています。
企業はどう向き合っているか|複数社の水リスク対応に学ぶ
水ストレスへの対応は行政や消費者だけの課題ではありません。特に水を大量に使う飲料・食品業界では、複数の企業がAqueductのような水リスク評価ツールを使って、自社の工場や調達先が高ストレス地域に立地していないかを点検する取り組みを進めています。
水源涵養や取水量管理に取り組む飲料メーカー
国内の大手飲料メーカーの中には、工場周辺の森林を保全・整備することで地下水の涵養量を増やし、自社が汲み上げる水量とのバランスを取ろうとする活動を長年続けている企業があります。こうした取り組みは、単に「環境に配慮している」という抽象的なアピールではなく、水源となる森林の保水機能を維持するという具体的な目的に基づいている点が特徴です。取水量と涵養量の関係を定期的に見直すこと自体が、地域の水資源を守る現実的な手段になっています。
サプライチェーン全体で水リスクを評価する動き
もう一つの動きとして、原材料の調達先まで含めたサプライチェーン全体の水リスク評価があります。国内の消費だけを見ていても分からないリスクとして、東南アジアやインドなど水ストレスの高い地域に生産拠点や調達先を持つ企業では、干ばつによる原料調達の停滞や、地域住民との水利用をめぐる摩擦が経営リスクとして意識されるようになっています。こうした情報は各社のサステナビリティ報告書で開示が進んでおり、投資家や消費者が企業の水リスク対応を比較する材料にもなり始めています。
家庭でできる備えと今日から試せる1つの行動
ここまで見てきたように、水ストレスは「海外の乾燥地域だけの問題」でも「日本には関係のない話」でもありません。国内の地域差、輸入食品を通じた海外への影響、企業のリスク管理という複数の切り口が重なり合っています。
読者の方に今日からできる行動として提案したいのは、「自分の住んでいる地域の水源とダムの貯水状況を一度調べてみる」ことです。多くの都道府県や水道事業者が、ダムの貯水率や取水制限の有無を公式サイトで公表しています。普段は意識しない情報ですが、渇水が話題になってから慌てて調べるよりも、平常時に一度目を通しておくほうが、いざというときの節水行動にも移りやすいはずです。あわせて、食品ロスを減らす工夫を一つ加えるだけでも、間接的に海外の水資源への負荷を減らすことにつながります。
まとめ
日本は国全体で見れば降水量に恵まれ、WRI Aqueductのような指標でも比較的低い水ストレスに分類される傾向にあります。しかし香川県のように水源を他地域に依存してきた地域があり、渇水年には取水制限が発生してきた歴史も無視できません。加えて、輸入食品を通じたバーチャルウォーターという視点を加えると、日本は海外の水ストレスと無関係ではいられない立場にあることが見えてきます。
企業側では、水源涵養やサプライチェーン全体の水リスク評価といった具体的な取り組みが少しずつ広がっており、消費者としてもその動きを知っておく意味があります。水ストレスは遠い国の話ではなく、自分の暮らしている地域の水源を知ることや、日々の食品の選び方から向き合える課題だと感じています。
- 日本は国全体では水ストレスが低い傾向だが、地域差が大きい
- 香川県など水源を他地域に依存する地域では渇水リスクが顕在化してきた
- 輸入食品を通じたバーチャルウォーターで海外の水ストレスとつながっている
- 飲料・食品メーカーは水源涵養やサプライチェーンの水リスク評価に取り組んでいる
- まずは自分の地域のダム貯水率を調べることから備えを始められる


