絶滅危惧種を一種類ずつ守る対策には限界があると分かってきました。エコシステムベースアプローチは、森林や海洋、里山を一つの生きたシステムとして捉え、生態系全体の健全さを取り戻すことで、そこに暮らす多様な生き物を同時に守ろうとする考え方です。生物多様性条約の枠組みで国際的な原則として位置づけられ、2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」の30by30目標や、日本の自然共生サイト制度にもこの発想が息づいています。この記事では、定義の整理にとどまらず、日本国内の制度や企業・地域の具体的な取り組み、読者が日常でできる行動につなげて解説します。
エコシステムベースアプローチとは|生態系全体を一つの単位として捉える発想
エコシステムベースアプローチ(生態系アプローチ)とは、特定の動植物種だけに焦点を当てるのではなく、森林や海洋といった生態系を構成する生物・土壌・水循環などの要素をひとつながりのシステムとして管理し、その健全性の維持・回復を目指す保全手法です。生物多様性条約第5回締約国会議(COP5、2000年・ケニア/ナイロビ)で正式な決議として採択され、土地・水域・生物資源の管理を統合し、保全と持続可能な利用を公平な方法で進める戦略として定義されました。あわせて実践のための12の指導原則も採択され、各国の政策の指針になっているとされます。
ポイントは「守る対象」の広さです。一種の生き物を保護しても、その餌となる昆虫や、昆虫が依存する植物の生育環境が悪化していれば、根本的な解決にはなりません。エコシステムベースアプローチは、こうした連鎖を踏まえて生態系そのものの機能を回復させることを目指します。
種を守る従来手法との違い|オオカミとトキが教えてくれること
従来の「種アプローチ」とエコシステムベースアプローチの違いは、対症療法と予防的な体づくりの違いに近いといえます。種アプローチは特定の希少種の個体数管理や繁殖技術に力を注ぐのに対し、エコシステムベースアプローチはその種が暮らす環境全体の水・土・植生・人の営みまで含めて見直します。
オオカミの再導入が川の流れまで変えた
アメリカのイエローストーン国立公園でオオカミが再導入された事例は、生態系内の連鎖(生態系カスケード)を象徴的に示す例としてよく知られています。オオカミの存在によって鹿の行動が変わり、過度に食べられていた若木が回復し、河畔の植生や川の流れにまで変化が及んだと報告されています。一つの種の変化が生態系全体に想定を超えた影響を与えることを示す事例です。
佐渡島のトキと里山づくり
日本国内でエコシステムベースアプローチの発想がよく引き合いに出されるのが、新潟県佐渡島でのトキの野生復帰の取り組みです。トキの繁殖技術や個体数管理だけでなく、水田の管理方法や農薬の使用状況、周辺の水路・森林の状態まで含めて里山環境全体を見直すことで、トキが自然に採餌・生息できる環境づくりが進められてきました。生きものを育む農法への転換など、地域の農業と生態系保全を両立させる取り組みとして参照されることが多い事例です。
2020年代の国際潮流|昆明・モントリオール枠組みと30by30目標
エコシステムベースアプローチの考え方は、2022年12月にカナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)」にも引き継がれています。この枠組みの目玉のひとつが、2030年までに陸域・海域の少なくとも30%を保護区域および効果的な保全が図られるその他の地域(OECM)として保全する「30by30」目標です。国立公園のような厳格な保護区だけでなく、企業の森林や里山、都市の緑地なども対象に含めうる点が特徴で、単一種の保護ではなく生態系全体を広く保全する発想と重なります。
その後の進捗確認の場として、2024年10月から11月にかけてコロンビア・カリでCOP16が開催され、各国の目標達成状況や資金メカニズムなどが議論されたと報告されています。生態系全体を見る視点は、もはや一部の専門家だけのものではなく、各国が数値目標を持って取り組む国際的な政策の柱になりつつあるといえるでしょう。
日本での実践|自然共生サイトと生物多様性国家戦略
日本は2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定し、30by30目標の達成を国内政策に位置づけました。この戦略のもとで環境省が創設したのが、国立公園などの法定保護区以外の場所でも生物多様性の保全に貢献している区域を認定する「自然共生サイト」制度です。企業の社有林や工場の緑地、里山、市民団体が管理する湿地などが対象となり、認定された区域はOECMとして国際的なデータベースにも登録される仕組みが整えられています。制度開始以降、企業・自治体・NPOなど多様な主体からの申請が積み重ねられ、認定区域が年々広がっていると報告されています。
この制度が示唆するのは、生態系保全が国立公園のような特別な場所だけの話ではなく、身近な社有地や地域の里山でも実践できるという点です。次の見出しでは、こうした発想を実際の管理に落とし込んでいる森林・海洋の事例を見ていきます。
里山と生物多様性の関わりについては、こちらの記事でも詳しく取り上げています。

森林と海洋での実践事例|複数の管理主体が示す共通点
エコシステムベースアプローチは世界各地の森林・海洋管理でも具体的な形をとっています。共通しているのは、生態系を単一の目的地ではなく「複数の機能を持つ場」として区分し、場所ごとに異なる管理方針を組み合わせている点です。
カナダ・ブリティッシュコロンビア州の森林管理
同州では森林を「生態系管理単位」に区分し、野生動物の生息地となる区域は保護を優先し、木材生産に適した区域では持続可能な伐採を行い、レクリエーション価値の高い区域では景観保全を重視するといった管理が行われています。天然更新を促す伐採方法を採用することで、木材生産量を維持しながら絶滅危惧種の生息地保全や水質維持、炭素蓄積の増加といった複数の効果を同時に狙う設計になっているとされています。
グレートバリアリーフ海洋公園のゾーニング管理
オーストラリアのグレートバリアリーフ海洋公園では、海域を厳格な保護ゾーン・一般利用ゾーン・特別管理ゾーンなどに区分し、場所ごとに漁業や観光の可否を変える空間管理を行っています。一方でサンゴ礁は海水温の上昇や海洋酸性化の影響を受けやすく、近年も大規模な白化現象が繰り返し報告されており、ゾーニングだけでは気候変動由来のストレスを防ぎきれない難しさも指摘されています。海域の管理と同時に、陸域からの排水・栄養塩の流入対策など流域全体を視野に入れた取り組みが必要とされる理由がここにあります。
コスタリカの生物回廊とナミビアの地域主体型保全
コスタリカでは国立公園や保護区を孤立した「島」にせず、生物回廊(コリドー)でつないで野生動物が移動できる連続した生息地をつくる取り組みが進められてきました。またナミビアでは、地域住民に野生動物管理の権限を委譲し、エコツーリズム収益を地域で共有する「コンサーバンシー」制度により、密猟の減少と地域住民の生活向上が同時に進んだと報告されています。いずれも、保全と地域経済を対立させず、複数の利害関係者を巻き込みながら生態系全体の回復を図る点が共通しています。
企業がサステナブルな資源調達を通じて生態系保全に関わる動きについては、こちらの記事も参考になります。

私たちの暮らしとの接点|生態系全体を意識した選択のポイント
エコシステムベースアプローチは国や企業だけの取り組みではありません。日々の消費行動の積み重ねが、森林や海洋の管理方針にも影響を与えています。次のような選び方が、生態系全体を意識した一歩になります。
- FSC認証やMSC認証など、生態系への配慮が確認された木材・水産物のラベルを選んでみる
- 地元の里山でつくられた農産物や、自然共生サイトの活動を支える商品を選んでみる
- 身近な公園や河川の生きもの調査(市民科学プロジェクト)に参加してみる
- 旅行先でエコツーリズムやゾーニング管理が行われている自然公園の情報を事前に調べてみる
海洋プラスチックごみが生態系に与える影響と、消費者としてできる対策については、こちらの記事でも取り上げています。

まとめ|生態系を丸ごと捉える視点を、次の一歩へ
エコシステムベースアプローチは、特定の生き物だけを守るのではなく、森・里・海をひとつのつながったシステムとして捉え直す考え方です。国際的には30by30目標として、日本国内では自然共生サイトという形で、この発想がすでに具体的な制度に落とし込まれています。まずは自分が普段口にする食材や身につける衣類が、どんな森林や海域とつながっているのか、ラベル一つから意識してみてください。
- エコシステムベースアプローチは種ではなく生態系全体の健全性を回復させる考え方
- 2022年採択の昆明・モントリオール枠組みが掲げる30by30目標にもこの発想が反映されている
- 日本では自然共生サイト制度により企業の森林や里山も保全区域として認定されうる
- 認証ラベルの選択や市民科学への参加など、暮らしの中からも実践できる
本記事はMIRASUS編集チームが公的資料・国際機関の公開情報をもとに作成しています。
参考文献
- 生物多様性条約事務局(CBD)公式サイト「Ecosystem Approach」(https://www.cbd.int/)
- 環境省ウェブサイト「自然環境・生物多様性」関連情報(2023年・https://www.env.go.jp/)
- 国連環境計画(UNEP)公式サイト(https://www.unep.org/)

