「日本はもう人口が減っているのだから、定常経済にはとっくになっているのでは」と思った方は多いはずです。反対に、「経済が大きくならないなんて、暮らしが貧しくなる話では」と身構える方もいるでしょう。
どちらの疑問にも、半分だけ当たっている部分があります。ただし、人口が減ることと定常経済は、同じ現象ではありません。この記事では、定常経済の定義から出発し、日本の人口や成長率、国の資源政策の数字と照らして、「日本に当てはまるのか」を順に確かめていきます。
定常経済とは何か|よくある3つの疑問から入る
定常経済(ステディ・ステート・エコノミー)は、アメリカの経済学者ハーマン・デイリーが体系化した考え方です。幸せ経済社会研究所が紹介する定義では、「人口と資本ストックが一定で、それを可能な限り低いレベルのスループットで維持する経済」とされています。
ここでいう資本ストックには、工場や機械だけでなく、住宅や家電などの耐久消費財も含まれます。スループットとは、資源を地球から取り出し、使い、汚染物や廃棄物として排出するまでの流れ全体のことです。定義だけでは抽象的なので、よく出る3つの疑問に沿って見ていきます。
「成長しない経済」のことですか
半分は合っていますが、数字が横ばいなら何でもよいわけではありません。定常経済で一定に保つ対象は、人口とモノのストック、そして資源の流れです。GDPという金額の指標そのものではありません。
デイリーは、成長による費用が便益を上回る段階を「不経済な成長」と呼びました。定常経済は、その段階に入る前に規模を地球の扶養力の範囲に収めようとする発想です。
「脱成長」とは同じ意味ですか
同じではありません。定常経済を提唱する立場の説明では、今の人間経済は生態系が支えられる規模を超えているため、まず規模を縮小する「脱成長」の過程があり、その先に目指す最終状態が定常経済だとされます。脱成長は道のり、定常経済は到達点という位置づけです。
ただし、脱成長を掲げる論者は多様で、用語の使い方も一枚岩ではありません。ここでは定常経済側の整理を紹介しているものとして読んでください。
豊かさは下がらないのですか
幸せ経済社会研究所は「定常経済」と「うまくいかない成長経済」は別物だと説明しています。成長が止まった状態と、規模を意図して設計した状態は違う、という指摘です。
不況やデフレで成長が止まれば、雇用や賃金が傷みます。定常経済は、それを放置する議論ではありません。資源の投入量を一定の範囲に収めたまま、どうやって生活の質と分配を保つかが問われます。
日本はすでに定常経済なのか|数字で確かめる
結論を先に言うと、日本は定常経済に「近い数字」が一部あるものの、定義を満たしてはいません。人口、成長率、資源の3つに分けて見ていきます。
人口は減っているが「一定」ではない
総務省統計局の人口推計によると、2025年11月1日現在の総人口は1億2319万人で、前年同月より59万人(0.48%)減りました。50万人規模の都市ひとつ分を上回る人口が、1年で減っている計算です。
国立社会保障・人口問題研究所の令和5年推計では、2020年の1億2615万人が2070年に約8700万人まで減る見通しです。このとき65歳以上の割合は約39%に達します(出生中位・死亡中位の場合)。
定常経済が想定するのは、人口が一定の状態です。日本の人口は設計されて安定するのではなく、止まる見通しのないまま減り続けています。減少そのものは、定常経済の条件を満たすことにはなりません。
低い成長率は「定常」ではなく「停滞」に近い
日本経済新聞によると、日本の潜在成長率は2009年以降、平均で0.6%ほどにとどまっています。内閣府の分析でも、2010年代は0.5%程度とされています。生産年齢人口の減少で労働投入が細り、設備投資も伸び悩んだことが背景です。
では、これが定常経済かというと、そうとは言えません。この低成長は、賃金の伸び悩みや社会保障の担い手不足と結びついた、望まない停滞という面が強いからです。先ほどの「うまくいかない成長経済」に近い状態です。
国の資源指標は、成長を前提にしている
環境省の第五次循環型社会形成推進基本計画は、2030年度に資源生産性を約60万円/トンにする目標を掲げています。資源生産性は、GDPを天然資源等の投入量で割った指標です。
2026年9月に公表された第1回の点検では、2023年度の資源生産性は約50.9万円/トンで、増加傾向にあるものの目標に対しては「注意が必要」と評価されました。入口側の循環利用率も2023年度に約17.0%で、2013年度以降ほぼ横ばいです。
この指標は、資源の使い方の効率を上げる点で定常経済と同じ方向を向いています。一方で、分子にGDPがあるため、成長を否定する設計ではありません。資源の投入量そのものを一定の枠に収める目標とは性格が異なります。
日本で議論されてきた定常経済の系譜
「定常経済は海外の話では」と感じる方もいるかもしれません。実際には、日本でも20年以上前から議論があります。
2001年の「定常型社会」という問い
広井良典さんの『定常型社会 新しい「豊かさ」の構想』(岩波新書)は、2001年に刊行されました。人口減少が続くなかで、資源や環境の制約を踏まえつつ、成長に代わる価値を軸に持続可能な福祉社会を構想する内容です。
当時から、論点は環境だけでなく、社会保障や働き方まで含んでいました。「経済が大きくならない前提で、福祉をどう支えるか」という問いは、人口減少が現実になった今のほうが切実です。
環境の議論と福祉の議論が重なる点
デイリーの定常経済は、地球の資源の限界から出発します。広井さんの定常型社会は、人口と福祉の問題から出発します。入口は違いますが、「成長を前提にしない設計」という点で重なります。日本で定常経済を考えるときは、この2本の線を並べて読むと理解しやすくなります。
判断の分かれ道|成長戦略・脱成長・定常経済を並べて読む
ここまでの内容を踏まえ、読者が自分で判断するための材料として、意見が分かれる3つの論点に整理します。賛否の結論ではなく、どこで立場が分かれるのかを示すのがねらいです。
成長の測り方をどう置くか
成長戦略の立場は、GDPの拡大を目標にしつつ、技術で資源の投入量を減らせると考えます。国の資源生産性の指標は、この発想に近いものです。
定常経済の立場は、金額の伸びではなく、資源の投入量とストックの規模を見ます。同じ「環境配慮」でも、物差しが違えば評価も変わります。
人口減少を前提にするか、変えようとするか
日本の議論では、人口減少を「止めるべき問題」とみる見方と、「前提として受け止めて設計する条件」とみる見方があります。定常経済の定義上は人口一定が条件なので、減り続ける日本の現状をそのまま当てはめることはできません。
一方、人口が減る局面で資源の使い方を見直すという発想は、定常経済の考え方と相性があります。
分配と社会保障をどう担保するか
どの立場でも、最後はここに行き着きます。デイリーは、経済の規模、分配、資源配分を分けて考える枠組みで知られています。規模を抑えるなら、分配をどうするかを同時に考えなければ、負担が弱い立場の人に偏ってしまいます。
「豊かさが下がらないか」という最初の疑問への答えは、規模の議論と分配の議論をセットで見られるかどうかにかかっています。
今日から試せる1つの行動|次に買い替えるものの「延命」を調べる
定常経済は大きな制度の話に見えますが、暮らしに引き寄せると、ストックを長く使うという行動に落とせます。資本ストックには耐久消費財も含まれるという定義を、そのまま生活に当てはめる形です。
次に買い替えそうなものを1つだけ選んでください。冷蔵庫、掃除機、通勤用の靴、スマートフォンなど、何でも構いません。そして、買い替える前に「あと何年使えそうか」「修理するといくらかかるか」を調べてみます。メーカーの修理窓口や、近所の修理店の見積もりを確認するだけで十分です。
修理したほうが高くつく場合もあります。そのときは買い替えが合理的で、無理に延命する必要はありません。大切なのは、「壊れたら即買い替え」から「一度立ち止まって選ぶ」に判断を変えることです。まず1つだけ試してみてください。
まとめ
定常経済は、人口とモノのストックを一定に保ち、資源の流れをできるだけ低く抑える経済です。成長が止まった状態や、人口が減っている状態とは別の概念です。日本は人口減少と低成長が重なっていますが、それは設計された定常ではなく、望まない停滞に近い面が強いと言えます。
国の資源政策も、資源生産性の向上という形で資源の使い方を見直す方向には進んでいますが、成長を前提にしています。だからこそ、成長戦略・脱成長・定常経済のどこで意見が分かれるのかを知っておくと、ニュースや政策の議論が読みやすくなります。
- 定常経済が一定に保つのは、GDPではなく人口・ストック・資源の流れ
- 日本の人口減少と低成長は、設計された定常経済とは性格が異なる
- 国の資源生産性の目標は、成長を前提にした効率化の指標
- 論点は、成長の測り方・人口の捉え方・分配の担保の3つ
- 暮らしでは、買い替え前に修理や延命を調べることから始められる
参考文献
- 幸せ経済社会研究所「『定常経済』の定義」
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要」(2023年)
- 総務省統計局「人口推計 2025年(令和7年)11月1日現在(概算値)」(2025年)
- 日本経済新聞「潜在成長率とは 2009年以降、平均0.6%どまり」
- 環境省「第五次循環型社会形成推進基本計画 概要」(2024年)
- Circular Economy Hub「環境省、第五次循環基本計画の進捗を初点検」(2026年)
- 岩波書店『定常型社会 新しい「豊かさ」の構想』広井良典(岩波新書)(2001年)

