「コモンズ」と聞くと、教科書に出てくる「コモンズの悲劇」を思い浮かべる方が多いかもしれません。私自身、最初は「みんなの共有物は結局荒れてしまう」という話だと思い込んでいました。ところが日本の山村を調べていくと、共有の山や草地を何百年も壊さずに使い続けてきた仕組みがあり、「入会(いりあい)」という名前で今も一部が残っています。
この記事では、日本のコモンズを入会林野の数字から確かめ、抱えている課題を整理します。そのうえで、新しい共有の取り組みと、読者が今日から試せる1アクションを紹介します。
コモンズとは何か|日本では「入会」という名前で続いてきた
コモンズ(commons)は、特定の地域やグループが共同で使い、共同で管理する資源のことです。日本語では「共有地」や「入会地」とほぼ同じ意味で使われることがあります。ここでは、考え方の土台を2つに分けて押さえます。
私有でも公共でもない「第三の管理」
個人が所有する私有財は、売買や相続で持ち主が変わります。道路や公園のような公共財は、行政が管理し、誰でも使えます。コモンズはその中間にあたり、使える人が集落や会員組織といった範囲に限られ、その人たちが自分たちでルールを決めて守ります。
日本の入会は、この考え方が制度として形になったものです。集落の住民が山林や原野に入り、薪や炭の材料、肥料にする草などを採っていました。権利は個人ではなく世帯が持ち、利用の時期や量は地域の慣習で決まっていました。
「コモンズの悲劇」は必ず起きるわけではない
共有の資源は、誰もが自分の得を優先して使い尽くしてしまう、という説明が「コモンズの悲劇」です。これに対し、米国の政治経済学者エリノア・オストロムは、地域コミュニティの自主管理が資源を持続させる例を実証的に示し、2009年に女性として初めてノーベル経済学賞を受賞しました。
環境省の環境白書は、持続的に管理されるコモンズの条件として、境界の明確化、ルールの監視、段階的な罰則、紛争解決の仕組みなどを挙げています。ポイントは、共有そのものが問題なのではなく、使う人の範囲とルールがはっきりしているかどうかが分かれ目になる、という点です。これは、私たちの身近な共有物(マンションの共用部や地域の公園など)を考えるときにも使える見方だと感じています。
日本のコモンズの現在地|入会林野の数字で確かめる
「入会は昔の話」という印象は、半分当たっていて半分外れています。林野庁の資料から、数字で見てみます。
入会林野の定義と、1966年の近代化法
林野庁は入会林野を、昔から集落の決まりや慣習に従い、薪炭材やかや、草などを採るために使われてきた山林原野と説明しています。その使用収益の権利が入会権です。戦後に暮らしが変わって山の利用が減ったため、1966年(昭和41年)に「入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律」ができました。この法律は、複雑な権利関係を整理して、個別の所有権へ移していくことを促すものです。
面積はどこまで減り、どこまで残っているか
林野庁の「入会林野等整備の現状」(令和5年3月)によると、近代化法の制定当時に185万haあった入会林野等のうち、自主的な整備を含めて89万haが整備され、96万haが残っているとされます。そのうち、整備の意思確認調査で確認された残りの面積は45万haです。内訳は、整備に着手している面積が10万ha、未着手が35万haと報告されています。
あわせて、近代化法に基づく整備の実績は、昭和42年度から令和5年度までで58万ha(6,778件)とされています。数字の読み方は注意が必要で、「96万haが残る」と「確認できた残りが45万ha」では対象が異なります。ここでは「少なくとも数十万ha規模の入会林野が、いまも権利関係の整理待ちを含めて存在する」と受け止めるのが妥当です。
山だけではなく、川や海にもコモンズがある
コモンズは山林に限りません。漁業権が設定された河川や沿岸海域も、代表的なコモンズの例とされています。地域の漁協が漁場のルールを決め、獲りすぎを防ぐ仕組みは、オストロムの議論ともよく重なります。私たちが食卓で口にする魚の背景にも、共有資源の管理が関わっています。
日本のコモンズが抱える課題を3つに整理する
公開されている資料や研究を読み比べると、日本のコモンズの課題は大きく3つに整理できます。ここは筆者の整理であり、統計にもとづく分類ではありません。
担い手が減っている
環境白書は、林業家の戸数が1980年代から2000年代にかけて約2割減り、農家の戸数は約半数になったと報告しています。山や草地を手入れする人が減れば、共有資源の質も落ちます。管理が行き届かない山では、野生動物の増加も懸念されています。
権利関係が複雑で、外から見えにくい
入会権は、相続できず、他人に譲れず、登記もできないという性質を持つとされます。内部では当たり前でも、外から見ると誰がどんな権利を持つのかが分かりにくく、土地の活用や整備が進みにくい原因になります。研究者のあいだでも、所有者不明土地の問題と入会地の関係が論点になっています。
参加の入口が分かりにくい
ルールが慣習で決まっているため、新しく移り住んだ人や外部の人が関わる方法が見えません。保全のために人手がほしいのに、関わりたい人の入口が用意されていない、というすれ違いが起きやすいと考えられます。この3つ目は、次の章の新しい取り組みと深くつながります。
現代に生きるコモンズ|新しい共有の取り組み
昔の入会をそのまま復活させるのは現実的ではありません。それでも「地域の資源を、地域の人が共同で守り活かす」という考え方を現代の形に作り替える動きがあります。
岡山県西粟倉村の「百年の森林構想」
西粟倉村は、面積の約9割が森林の村です。2008年に「百年の森林構想」を宣言し、2009年には民間企業と共同で「共有の森ファンド」を実施しました。これは国内初の森林・林業支援の事業ファンドとされています。村が森林所有者と長期の管理協定を結び、まとまった面積を一括して管理することで、個々の所有者では難しい森づくりを進めています。私有山林を共有林野のように再編して管理する事例として、日本総研のレポートも紹介しています。
市民が出資するエネルギー
神奈川県小田原市などでは、市民の出資で電力会社が設立されています。電気という生活の基盤を、地域の人が自分たちで管理する試みです。コモンズは自然資源だけでなく、エネルギーや暮らしの基盤にも広がっています。
里地里山の「新たな共同利用」
環境省は、里地里山における「新たな共同利用」を進めるための手引きを公表しています。地域の住民だけでなく、企業やNPO、都市部の人など多様な主体が関わって里山を支える考え方です。先ほどの「参加の入口が分かりにくい」という課題に、制度の側から応えようとする動きといえます。
今日からできる1アクション|地域の「共有の場」を1つ調べて、1回だけ顔を出す
コモンズに関わると言っても、最初から山を所有したり出資したりする必要はありません。おすすめは次の1つです。お住まいの自治体名に「里山 保全 ボランティア」や「共有林」を足して検索し、見つかった活動を1つ選んで、年に1回の作業日に参加してみてください。
見落としがちなのは、参加する前の「見学」です。ルールや雰囲気を知らないまま入ると、双方にとって負担になります。見学だけでも、その土地の資源が誰によって、どんな決まりで守られているかが見えてきます。なお、ファンドなどへの出資は元本割れの可能性があるため、まずは参加から始めるほうが安心です。
まとめ
コモンズは、私有でも公共でもない第三の管理の形です。日本では入会として、山や草地、川や海を守る仕組みを長く支えてきました。林野庁の資料でも、数十万ha規模の入会林野等が権利関係の整理を待つ形で残っていると示されており、過去の話では終わっていません。
一方で、担い手の減少、権利関係の複雑さ、参加の入口の分かりにくさという課題があります。西粟倉村や市民出資の電力、環境省が進める里山の新たな共同利用は、その課題に応える現代版のコモンズです。まずは身近な共有の場を1か所だけ調べてみてください。
- コモンズは「使う人の範囲とルール」が明確なら持続しうる、というのがオストロムの示した見方です
- 林野庁によると、近代化法の制定当時に185万haあった入会林野等のうち、96万haが残っているとされます
- 日本のコモンズの課題は、担い手の減少、権利関係の複雑さ、参加の入口の分かりにくさの3つに整理できます
- 西粟倉村や市民出資の電力など、共有資源を現代の形で生かす動きが広がっています
- 最初の一歩は、地域の里山保全活動を見学し、1回だけ参加してみることです
参考文献
- 林野庁「入会林野等整備の現状」(2023年)
- 林野庁「入会林野等整備について」
- 環境省「平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 持続可能な地域社会の実現に向けて」(2012年)
- 日本総研「コモンズが開く地域の未来」

