「ネットゼロ」という言葉を掲げる企業が急増しています。ただ、その宣言が本当に気候変動対策として機能しているのか、あるいは形だけの目標になっていないか——サステナビリティ報道を続けてきた立場から、この問いに正直に向き合う必要があると感じてきました。この記事では、ネットゼロの基本から、日本企業の現状と課題、そして「どう見分けるか」という実践的な視点まで整理します。
「ネットゼロ」とは何か、改めて確認する
「カーボンニュートラルと同じ意味では?」と思う方も多いはずです。実際には少し異なります。
ネットゼロとは、温室効果ガスの排出量を、大気から除去する量で相殺し、正味(ネット)でゼロの状態にすることを指します。排出量を完全にゼロにするわけではなく、残った排出分を森林による吸収や炭素回収・貯留技術(CCS)などで取り除くことで帳尻を合わせる考え方です。
SBTi(Science Based Targets initiative=科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ)が策定した「コーポレート・ネット・ゼロ基準」では、排出量の大幅な削減(90%以上)を前提とし、残余分のみをオフセットで対処するという厳しい基準が設けられています。 「まずオフセットで帳尻を合わせ、削減努力は後から」という姿勢は、この基準では認められません。
2050年目標が多い理由と、2030年中間目標の意味
パリ協定(2015年採択)では、できる限り早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトさせ、21世紀後半には温室効果ガス排出量と森林などによる除去量のバランスをとることが、世界共通の長期目標として掲げられました。 多くの企業が「2050年ネットゼロ」を掲げるのは、各国政府の目標年次と足並みをそろえているためです。 日本では2020年10月に2050年カーボンニュートラル実現が宣言されました。
ただし、2050年という遠い目標だけを掲げても、実効性の検証が難しくなります。そこで重要になるのが「2030年中間目標」の存在です。SBTiは近期目標(Near-term)として2030年前後の削減目標、長期目標(Long-term)として2050年のネットゼロ達成を組み合わせて設定することを企業に求めています。取り組みを評価する際、「中間目標が具体的な数値で示されているか」は最初に確認すべきポイントです。
日本企業はどこまで進んでいるか
「日本企業はネットゼロに消極的」というイメージを持つ方もいるかもしれません。数字を見ると、実は参加企業数そのものは世界でも有数の規模になっています。
SBTiにコミットまたは認定取得をした企業は世界全体で11,833社にのぼり、そのうち日本企業は2,036社(2025年11月時点)とされています。1.5℃目標の基準で認定を取得した企業も、世界8,866社のうち1,904社が日本企業です。一方で、より高いハードルである「ネット・ゼロ基準」の認定を取得した日本企業は92社にとどまっており、コミット数と実際の認定取得数のあいだには大きな差があることがわかります。
数が多いことと、目標の質が高いことは別の話です。 気候変動シンクタンクのクライメート・インテグレートが2023年5月に公表した報告書では、日本の大手企業のネットゼロ目標と対策は、IEA(国際エネルギー機関)のネットゼロ排出経路やSBTiの1.5℃シナリオと整合していないとの結論が示されています。 低評価の理由として、再エネの活用が欧米企業に比べて進んでいないとの指摘が挙げられています。
スコープ3が「最大の壁」になる理由
取材を続けてきた中で、担当者から繰り返し聞いてきた言葉があります。「スコープ1・2はコントロールできるが、スコープ3は別の話だ」という声です。
温室効果ガスの排出は、GHGプロトコルという国際的な基準で3つのカテゴリに分類されます。
- スコープ1:自社の工場や設備から直接排出されるGHG
- スコープ2:購入した電力や熱の使用による間接排出
- スコープ3:原材料の調達から製品の使用・廃棄まで、バリューチェーン全体の排出
製造業の場合、スコープ3が全排出量の90%以上を占めることも珍しくありません〔要確認〕。つまり、自社工場を再エネ化しただけでは「ネットゼロ」に近づけない構造があります。サプライヤーや顧客、物流まで含めた排出を把握・削減する必要があり、これが企業にとって最も難しい課題とされています。
ソニーグループはスコープ3の排出量を15のカテゴリに分類し、将来的な投資による推定排出量も含めた詳細情報を開示している事例として参照されています。 「スコープ3まで開示しているか」は、取り組みの本気度を測る一つの指標になります。
「宣言」と「実行」のあいだにある3つの壁
多くの企業がネットゼロを宣言するいま、「この企業の取り組みは本物か」という問いが投資家にも消費者にもより重要になっています。 「開示された目標と対策が実現できるものなのか、中身のないグリーンウォッシュなのかを見分けることが難しくなっている」という指摘は、今も有効です。宣言と実行のあいだには、よく見ると3つの壁が存在しています。
壁1|「2050年目標」しか公表していない
遠い将来の目標だけを掲げ、2030年など近期の中間目標がない場合は注意が必要です。中間目標がなければ、現在の取り組みが軌道に乗っているかどうかを外部から検証できません。「2050年にネットゼロを目指します」という表明だけでは、具体的な削減経路が見えないため、実効性が不明確なままになります。
壁2|オフセットに依存しすぎている
カーボンクレジット(排出権)の購入でCO2排出を相殺する手法は、それ自体が否定されるものではありません。ただし、「まずクレジットで帳尻を合わせ、実際の削減は後回し」という構造は、SBTiの基準にも合致しませんし、気候変動の観点からも効果が薄くなります。ネットゼロを実現するには、まず排出量を大幅に削減し、どうしても残る分にのみオフセットを使う、という順番が原則です。
壁3|スコープ3を目標の対象外にしている
スコープ1・2だけを削減目標に含め、スコープ3を「今後の課題」として先送りにしているケースも見られます。バリューチェーン全体の排出量を把握するには、サプライヤーへの働きかけや詳細なデータ収集が必要で、手間とコストがかかります。しかし、スコープ3を含まない「ネットゼロ」は、実態として排出量全体の一部しか対象にしていないことになります。
取り組みが進む企業の共通点
「中身のある取り組み」をしている企業には、いくつかの共通するパターンが見えます。決して特殊な企業だけがやっているわけではなく、業種を問わず取り組みが進んでいる企業に見られる特徴です。
移行計画(トランジション・プラン)を公開している
ネットゼロ目標の達成に向けた具体的な道筋を「移行計画(Transition Plan)」として開示している企業が増えています。 野村ホールディングスは2024年3月にNet Zero Transition Planを策定・開示し、2024年12月には電力セクターに続き、自動車セクターおよび商業用不動産セクターについても中間目標を設定しました。 「いつまでに」「どのセクターで」「どのくらい」という具体的な内訳が示されているかどうかが、移行計画の質を見極めるポイントです。
第三者機関の認定を取得している
SBTiへの認定取得は、目標が科学的根拠に基づいているかどうかを第三者が審査したことを意味します。自社が「ネットゼロ目標を持っている」と言うだけではなく、SBTiなどの外部基準による検証を受けているかどうかを確認することで、宣言の信頼性が一定程度担保されます。SBTiのウェブサイトでは認定企業を検索できるため、気になる企業の名前を入力するだけで確認ができます。
排出量の実績データを継続して開示している
目標値だけでなく、現在地(実績)のデータを毎年開示しているかどうかも重要な指標です。排出量の開示がなければ、削減が進んでいるかどうかを外部から確認できません。複数年分のデータを並べて見ることで、削減トレンドが実際に出ているかどうかを判断できます。
「宣言を読む」だけでなく「実績を追う」ことが大切
サステナビリティ報道の現場で感じるのは、「ネットゼロを宣言したこと」と「ネットゼロに向かって進んでいること」は、まったく別の話だということです。宣言の数が増えているいま、その中身を読み解く視点が、投資家にとっても、取引先を選ぶ企業にとっても、消費者にとっても、ますます必要になっています。
よくある誤解として「SBTiに参加している=取り組みが十分」という見方があります。しかし参加とコミット(誓約)は、審査を経た認定とは異なります。認定を取得したうえで、中間目標の達成状況が毎年開示されているかどうかまで確認することで、より正確な判断ができます。
SBTiのネット・ゼロ基準は2026年にバージョン2.0(V2.0)への更新が開始され、2027年には現行基準を代替する予定とされています。 基準自体が厳格化される方向にある中で、今後は認定を維持することのハードルも上がる可能性があります。
気になる企業のサステナビリティ報告書や統合報告書を1冊手に取り、スコープ3の開示状況と2030年の中間目標数値を確認してみることから始めてみてください。それだけでも、宣言の「厚み」がかなり見えてきます。
企業の気候変動・サステナビリティ対策の具体的な事例をまとめた記事もあわせてご覧ください。
まとめ|ネットゼロを見極める5つのチェックポイント
企業のネットゼロ取り組みを確認する際に役立つポイントを整理します。
- 2050年目標だけでなく、2030年などの中間目標が数値で示されているか
- スコープ1・2だけでなく、スコープ3(バリューチェーン全体)が対象に含まれているか
- SBTiなど第三者機関による認定・検証を受けているか
- オフセットへの依存度が高すぎないか(大幅削減を前提にしているか)
- 排出量の実績データを毎年継続して開示しているか


